第46話
翌日は早朝から一人執務に励む。子犬のぬいぐるみを包み込むように執務室へとお迎えしたのは言うまでもない。
そして執務の時間になると一人、また一人とロダや側近達が執務室へとやってくる。
「クレア陛下、今日の予定は午前中は執務で午後からベイカー・フォレスト様との面会です。明日も午前中は執務で午後はアスター・コール様とお出かけ予定です。三日後はアーサー・テーラー様とのお出かけが決まっております」
「忙しくなりそうね。わかったわ」
そろそろ本当に王配を決めろってことよね。
「その後、陛下の休みが二日となっております」
さて、今日も頑張らねばね。休みのために!私は身体強化Maxで執務をこなす。姿は見せないものの、ライは机に隣国の様子を報告書に纏めて置いてくれている。
今隣国は大騒ぎのようだ。マルタナヤール国の重要施設を破壊した事で修復に時間が掛かっているようだ。どうやら破壊しただけではなく、丁寧に燃やすこともしていのだとか。シュルヴェステル陛下や王子達は不眠不休で復興に当たっているようだ。この窮地に攻める事無く手を差し伸べる隣国達はとても強かだ。
そしてシュルヴェステル陛下は王妃、側妃も含め王子達にラグノア国を攻める事を一切しないように言い聞かせた。王子達は異論を唱えたようだが、あの場にいた側妃達が窘めるように言い聞かせ息子達を黙らせた。
兵士や魔法使い達も同様に口を噤んだ。あの場で対応した兵士達はラグノア国の者達に全く歯が立たなかったからだ。そして私が人形を使って行った事を恐怖として語られている様子。
可愛い人形が見た目とは裏腹に魔法を使い、殺戮をしたのだ。その驚きは言い表せないほどだったようだ。
そしてその場で死んだ兵士達は数多くいたのだ。クレア陛下が移動した後の広間には阿鼻叫喚が響いていた、と報告書には記されていた。
そんなに大量殺人をしたかしら?と思ったけれど、どうやら私が思っていたより被害は大きかったようだ。こればかりは仕方がない。
――そうだぞ、クレア。下手に手を抜いて相手を付け上がらせるより、徹底的に痛めつけて反撃出来ないようにするのが一番いい。
グラン様のお墨付きだ。これで良かったと自分で思う事にする。
「クレア様、婚約者様とのお茶の時間になりました。本日はベイカー・フォレスト様の希望により、中庭でお茶を用意しております」
「分かったわ」
私はそのまま席を立ち執務室を後にする。中庭に足を運ぶと、そこにはいつものように手を振って笑うベイカーがいた。
「ベイカー、この間はお疲れ様。大丈夫だったかしら?」
「俺が活躍する場はなかったぞ?魔力を陣に注いだだけだ。疲れたのはクレアの方だろう。そうだ、この間持って帰ってきたグレイシア人形を持ってきたんだ」
そう言うと、ローブの袖口から焦げて見るも無残な人形を出してテーブルの上に置いた。私やベイカーは特に何も思わなかったけれど、やはりマリルは引いてしまっている。私の後ろにいた護衛騎士達も一瞬眉をひそめたわ。
頑張ったのにこの引かれよう、居た堪れないわ。
「これさ、俺達が転移した後の人形の記憶を見る事が出来るんだ。見てみるか?」
ベイカーはワクワクと嬉しそうな様子で言っている。
「私は自分がやった事だもの。恥ずかしいし、要らないわ」
私は断ったけれど、先程眉を顰めた護衛騎士達は口を開く事はないが、ベイカーの話に珍しく反応している。どうやら現場で何があったのか見てみたいらしい。
「……マリルに流血を見せるのは酷だわ」
「そうだな。じゃぁ、今度時間を取って会議室で見るのはどうだ?チュイン団長もフェルト団長も見たいだろうし」
「そんな事はないと思うわよ?私の魔法なんてつまらないものだもの」
「あーあぁ。分かっていないなぁ」
ベイカーはそう言うと、思い出したように手を叩く。
「そうだ、この間の襲撃で結界が破られただろう?また張りなおすから手を貸してくれ」
「今、良いの?私はいつでもいいわ」
「クレアが狙われるのを少しでも阻止したいからな」
ベイカーはそう言うと立ち上がり詠唱を始めた。私も慌ててベイカーのギリギリ近くに寄り、魔力を魔法陣に流し始める。前回と同じように結界が張られていく。
「……クレア陛下、完成だ。今回も上手く張れただろう?」
「そうねっ。前回襲撃された時の対策もされているみたいだし、凄いわっ」
「そうだろう、そうだろう。さて、疲れたし、俺、そろそろ戻るわ」
「早いわね」
「こんなもんだろ。どうせ人形の鑑賞会には参加しなくちゃいけないんだからな。零の奴等が煩いだろうからそれまでの間に身体を休めておくんだぞ?」
「ふふっ。そうね。今日は私も休むことにするわ」
「そうしろ、そうしろ。あぁ、そういえば、ナーヤの奴が心配していたぞ?早く嫁を貰って俺を安心させろってな」
「うーん。どうかしら?良い嫁を選べればいいけどね。不安だわ」
「ははっ。大丈夫だ。外れを引いたら子供だけ産んでポイすればいい。俺がずっと側で支えてやるから」
「ふふっ。相変わらずね。ではまた後日会いましょう」
ベイカーの言葉に寂しさを覚える。
――奴も苦しいのだ。このままの距離がお互いのためなのだろうな。
ええ、そうですね。彼は王配になる事を望んでいませんもの。これ以上辛い思いをさせてはいけませんね。
――泣きたければ、泣いてもいいのだぞ?クレアは我慢し過ぎだからな。それにもう少し人に寄りかかってもよかろう。皆、お前を心配しておるぞ。
ですがっ、私が寄りかかった人達は皆儚く散ってしまった。不安なのです。もう、あの苦しみを味わいたくないのです。
――そうだな。だが、儂はここにおる。マリルも魔法契約関係なく心配しておるぞ。アーロンだってそうだ。お前が思うよりずっとお前は愛されておる。大丈夫だ。
こうしてまた私はグラン様に慰められつつベッドで眠りにつく。
私は、私には出来るのかしら。
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