第30話
舞踏会で雑談をするより仕事の話だもの。人見知りだった自分を悔やむ。そうこうしている内にダンスホールではざわめきが起こっているようだ。
上から気になり視線を向けると、どうやらホールの中央で子息の一人が令嬢にプロポーズをしている様子。
「なんという事を。大事な舞踏会だというのに仕出かすとは。……あれはコンモン子爵子息。という事はあの令嬢は婚約者のニルー伯爵令嬢ですな」
「侯爵、あれは想い合った二人なの?」
挨拶に来ていた王族派の一人である侯爵に聞いてみた。
「えぇ、最近になってようやく婚約を結ぶ事ができたのだと聞いております」
確か彼は中立派の家で彼女は反王族派だった。長年想い合っていても家の事情で婚約出来なかったのね。
「……そう。でも良かったわね。色々あったけれど婚約する事が出来たのだもの」
私はそう言うと、魔法で天井から淡い光を放つ小さな花を降らせた。会場からも歓声と祝福の声がする。
「にくい演出ですな。生涯、クレア陛下の忠臣となるでしょうな」
侯爵はそう言葉では言いつつも微笑んでいる。
「ふふっ。偶にはサプライズも必要でしょう?」
二人は周りから祝福されながらダンスを始める。淡い光に包まれたホールで愛し合う二人が踊る。生涯忘れる事の出来ない物になるといいわね。
それから貴族達の挨拶が終わり、私は舞踏会を眺めるだけとなった。警備もいつも以上に配備しているため問題も起こっていないようだ。そろそろ控室に戻ろうかしら。舞踏会は明け方まで行われる。
国中の貴族が集まるこのイベントで男女の出会いや商談のための付き合いなど様々な物があるため長時間会場は開かれている。国内の情勢が落ち着いてきたら下位・上位貴族と分けた舞踏会も行われると思う。
それをするには私の婚姻が先なのかもしれないわね。
先ほどの二人を少し羨ましいと思いつつも諦めに似たような気持ちになっている。
こればかりは文句を言えないわ。
「陛下、メグレ子爵様が挨拶に来られています」
「ロダ、通して頂戴」
私に軽く礼をして席に着いたナーヤ。久々に会ったけれど、以前より痩せている。やはり心労がたたっているのだと思う。
「ナーヤ、久しぶり。痩せたわね」
「あぁ。自分が思っていたよりキツイな」
「その様子だと彼女の様子を見に何度か足を運んだのでしょう?」
「あぁ、やはり君は分かっていたんだな。彼女はぐったりしていたよ。もう長くは持たないだろう」
「……そう。新しい夫人を迎えるの?」
「どうだろうな。周りは煩いが、当分は一人を楽しむさ」
「それがいいわね」
何気ない会話の中でナーヤはそっと胸ポケットから一枚の紙を差し出した。
「この舞踏会も盛況の内に終われそうだわ」
「あぁ、そうだな」
私は会話を続けながら紙にそっと目を落とす。
「王配になったら後宮は彼の妾で一杯になるだろう」
ナーヤの視線の先にはアーサー様の姿があった。
「そうね、政治を行う上ではとても優秀なのよ?でも、どうなるかしらね」
令嬢達の誘いを断る様子もなく次々にダンスを踊っている。密着している様子を見ると、令嬢の方も満更ではないようだ。
「他の候補者達はどうなんだ?」
私は言葉を濁すように曖昧な笑みを浮かべる。
「さぁ……?ベイカーはもう帰ったと思うわ」
「相変わらずだな。さて、俺もそろそろ行くわ」
「えぇ、帰りには気を付けてね?」
「あぁ、分かっているさ。クレアよりは狙われていないからな」
「ふふっ、そうね」
手を軽く挙げてナーヤは去っていった。私は彼からもらった紙をシュンと消し炭にする。
彼は彼で頑張ってくれているのね。
それから私は控室に行かずにそのまま自室へと戻った。舞踏会の翌日は執務も休みになっているのでゆっくり過ごせる。
「ライ、いるかしら?」
「クレア様、ここに」
いつもの様に礼を取りながらジワリとライの姿が現れる。
「あの紙を後ろで見たわよね?」
「はい」
「奴隷売買についての書類は確保したのかしら?」
「確保済みです。只今全ての資料を精査している最中です。取引日に間に合うようにします」
「そうね。……彼は黒なのかしら?」
「どちらかと言えば被害者寄りではあるのかもしれません、が黒でしょう」
「……そう。資料が揃い次第モランとバルトロを呼ばないといけないわね」
「畏まりました」
彼はそう言うとまた消えるように部屋を出て行った。
――クレア、これを乗り越えれば、だな。
グラン様。第三騎士団に任せても良いと思いますか?
――どうであろうな。第三だけで事足りる気もするが、万が一を考えると零と魔導士を連れて行った方がいいだろう。数で押すなら第四騎士団も動かせばいい。
迷いますね。どの位の規模で行われる奴隷の取引なのか。
隣国の組織も馬鹿ではないわ。先日の禁止植物の密輸で痛手を負っているはずだから。何重の罠を仕掛けていても可笑しくない。悩みは尽きる事がないわ。
私は重い息を吐いてベッドで眠る。
翌日は自室でのんびり過ごそうと思っていたがそうは問屋が卸さないようだ。
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