第31話
「クレア様、客人用サロンで滞在している方達がお茶をしているようです。顔を出しますか?」
わざわざロダがそう言うのなら行くべきなのね。
「えぇ、向かうわ。準備をお願い」
舞踏会に参加している貴族の中でも王都にタウンハウスの無い貴族は王宮の客室へ泊まる事が出来るようになっている。舞踏会のような催しで城に来る場合、滞在日数は多くても三日程度。
昼間にあるお茶会は主に夫人達の情報交換の場であるけれど、舞踏会後という事もあり、夫婦でサロンにいる人も多い。面倒だけれど顔を出す位はしなければいけない。だが長居するのも気を遣わせてしまうので席を立つのも気を付けなければいけないのよね。
私は侍女にドレスを選んでもらい着替えてサロンへ向かう。客人用サロンは窓も多く明るく広いサロンになっているので、ソファに座っていたり、ピアノを聞いていたり、お茶を楽しんでいる姿もあり各人ゆったりと過ごしているようだ。
「クレア陛下が見えられたわ」
誰かが一人そう口を開くと一斉にサロンにいた人達は立ち上がり礼を執る。
「みなさま、昨晩はお疲れ様です。どうぞゆっくりなさって」
私は手を挙げて応える。そしてお茶をしている夫人達の席に着いた。どうやら舞踏会での話をしていたみたい。
「陛下、婚約者はもう決まっておりますの?それとも一人を王配にして後の方は愛妾となるのかしら?」
一人のご婦人が声を掛けてきた。みんな興味津々の様子。
「ふふっ。皆様の気になる所ですね。こればかりは政治的な物で決まるのでなんとも言えません。良いパートナーに決まると良いのですが。私は王配を一人と決めております。生涯信頼出来る相手、が良いかなとは思っておりますわ」
夫人方はうんうんと頷いている。貴族は恋愛結婚をするのは稀なのだけれど、誰だって本心は互いに想い合う相手がいいに決まっている。
そしてご婦人方は候補者の話で盛り上がる。ゆったりとくつろいでいる人達も私の言葉に耳を傾けて話をしている様子。やはりご婦人方にとってはアーサー様の評価は低いようだ。それもそうだろう。同席している何人かの卿達は苦笑いをしている。
まぁ、敢えて言う事ではないわね。
「それにしても昨晩のプロポーズ!感動致しましたわっ」
「痺れましたわ」
「私も!劇の中に迷い込んだような感じでしたわ。一度でいいから言われてみたいわ」
「陛下の魔法も素敵でした。幻想的で感動しましたわ」
話は打って変わって昨日のコンモン子爵子息の話題になった。夫人たちは昨日の情景を思い浮かべうっとりしながら話をする。どのご婦人の乙女心を刺激するシチュエーションだったようだ。
自領に帰った時の土産話に持ってこいよね。話が盛り上がった所でロダが呼びに来て私はサロンを後にする。
様々な情報を得るには時間が足りなかったけれど、親睦は深められたかしら。私はホッとしながら自室へと戻った。あの後、侍女長の報告では皆お茶を楽しめた様子だったようだ。
翌日、その次の日も陳情や執務に一日を費やした。
「クレア様、書類をお持ちいたしました」
執務室に入った時に騎士に変装したライが現れ、書類を持ってきた。
「有難う。ゆっくり休んで頂戴」
私はすぐに書類に目を通す。
――ふむ。半月後に奴隷の売買が行われるのか。場所は五カ所、第三騎士団でギリギリの人数だな。やはり零と魔導士を付ける方がいいな。
そうですね。そして第二の誰かに偵察を行って貰うのがいいですね。影では多人数の調査はカバーできないですから。
――ふむ。一度団長達を呼び、会議をするのが良い。
そうします。その前に大まかに全員に配布する用の書類を書き上げねばなりませんね。
――あぁ。一枚作ってラウロにでも投げればいい。
彼は転写魔法が使えたかしら、と想いながらも資料を元に奴隷売買の大まかな捕獲作戦の案を紙に書いていく。後は会議で団長達が専門家として意見を出しあってくれるわね。
そして私は執務室にいるみんなに声を掛けた。
「ロダ、急だけれど明日の午後から緊急で会議を行う。宰相、財務大臣、内務大臣、外務大臣及び外交官、第一から第十までの騎士団長と零師団長チュイン、筆頭魔導士のフェルト、筆頭護衛のアーロン、侍女長を第一会議室へ呼んで頂戴。ミカル、イクセルも参加。そしてラウロ、この資料を人数分転写して頂戴」
私の言葉にラウロが戸惑った表情をしている。
「どうしたのかしら?」
「へ、陛下。転写の魔法とはどういう物なのでしょうか?」
ラウロの問いに私がえ?っと不思議そうな顔を返す事になった。
文官内では使わない魔法なのかしら??
「でました、陛下あるある。陛下は何でも卒なく魔法でこなしていますが、一般には無い魔法なんですよ?」
イクセルがやれやれと言わんばかりに話すのをミカルも同意するとばかりに頷いている。
「えっと、どういう事、かしらっ?」
「私も陛下の執務室で仕事をするようになって気づいたのですが、陛下が平然と執務で魔法を使っていますが、文官の殆どは仕事で魔法を使う事はほぼ無いのですよ?全て手作業と言っていいのです。この転写魔法だって陛下自身が一から作った魔法陣ではないですか。
魔法が使える者でも既存の魔法陣を利用する事はあっても自分で作る事は出来ないのです。失敗した時のリスクが高すぎるのです。陛下やベイカー殿以外出来ないですよ」
周りを見ると皆が頷いている。知らなかったわ。文官達がほぼ全て手作業だったなんて。
「そ、そうなの、ね。知らなかったわっ!では、是非文官達にもこの魔法陣を広めなければ、ねっ」
焦りながらもラウロに魔法陣を紙に書いて説明する。
「ラウロ、転写の魔法って言うのはね、二つの魔法陣を用意て右側に原本を一枚乗せる。もう一つの魔法陣に白紙を乗せるの。すると、あら不思議、紙に原本の内容が浮かび上がる。これだけよ?」
「インクは必要ないのですか?」
「これは単に紙に焼き付けているだけよ?雑に魔力を入れると燃えるわね。魔法陣のここを消すと魔力消費して魔法インクに出来るわ。更に大量の魔力を注ぐなら魔法契約用の特殊インクになるわね。まぁ、ラウロの魔力では一枚作るのがギリギリという所かしら。お勧めはしないわ」
私はそう言いながら見本を見せると、ラウロは困惑している様子。
何故かしら?
よく分からないけれど、やり方はしっかりと伝わった、と思う。焼き付けるのが一番手軽で魔力を使用しないからいいと思うのよね。
印字が熱かインクかってくらいの違いだと思うんだけど違うのかしら?ラウロは私が作った魔法陣を使いながら試しに紙を転写する。恐る恐るという表現が一番近いかしら。そして出来上がりを見て感激しているわ。
何度も魔力の出し方を考えながら転写していくうちにコツは掴んだようだ。インクを使った方が細かい字まで見やすいと思ったようで焼き付けより魔力消費が多い方を選んだようだ。
流石私の側近。覚えるのも早いわ。彼に資料を任せても大丈夫そうね。ラウロに渡した魔法陣をミカル達も興味深そうに覗いていて写し取っているわ。手作業だったものがこれで効率よく仕事が出来るようになる。もしかしてここから新たな魔法陣が広がっていくのかしら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます