第16話
「ロダ、明後日の婚約者候補の方は誰かしら?」
「明後日はカイン・サンダー殿になっております。場所はいかが致しますか?」
「そうね、次回は外交サロンにするわ。あそこならゆっくりと話が出来そうだもの」
「畏まりました。手配をしておきます」
私は深く息を吐いてから仕事に視線を戻す。
「そうそう、クレア陛下。あくまで噂ですが、サンダー侯爵家は財政難で爵位返上の危機らしいと言われていますがその辺は大丈夫なのか?」
「ミカル、それ、本当?知らなかったわっ。ち、調査して貰ってもいいかしら?」
「承知致しました。では財務担当文官に詳しい調査を指示しておきます」
「えぇ、お願い」
推薦された時に書類に目は通したけれどその時にはそんな事は書いていなかったわ。確かに王配になれば支度金が支払われる。爵位返上する程の財政難ともなれば焼石に水だわ。気になるわね。
私は気を取り直して執務を行う。今日は夕食前に終わらせたのでゆっくりと部屋で時間を取ることができたわ。マヤを下がらせた後、ライを呼ぶ。
「ライ、いるかしら?」
「ここに。サンダー侯爵を調べますか?」
「えぇ。文官に調べるよう指示を出したけれど、何か気になるのよね。私の手に渡るまでの間に改ざんされている気がするわ」
「その辺りについてもお調べ致します」
「早急にお願いね」
「承知致しました」
ライはスッとまた闇に溶けるように消えていく。重い息を一つ吐く。
私が誰かを好きになる事があるのだろうか。
このまま国のために私は身を削っていくような気がするわ。
そうして翌日は一日執務を行い、婚約者候補とのお茶会の日になった。今日は朝から出発式が行われる。今から隣国への使節団が出発するのだ。私は謁見の間で行ってらっしゃいの挨拶をする。
しっかりと我が国に利益となる物を持ち帰って欲しいわ。
今更だけれど、我が国は地図上では一番端に位置している。それなりの大国ではあるけれど、国境を接するのはマルタナヤール国のみ。我が国を取り囲むのは大きな森や山なのだ。小さな国々を領土にして現在の国の状態にしたのがグラン様。マルタナヤール国は唯一隣国へ行く道がある。
マルタナヤール国の向こうには数国が存在しているが、遠いため特に仲が良いという訳ではないが、商人が行き来する程度には安定した国の付き合いをしている。マルタナヤール国は数国と接している分物流は盛んで発展も目覚しいのだ。
問題としては奴隷を使役して成り立っている。貧富の差が年々激しくなっていると外交官は口にしていた。いつ叛乱が起こってもおかしくはない。一度叛乱が起これば隙に乗じて
マルタナヤール国と接する国々で戦争が起こる可能性も否定出来ない。我が国に戦争が持ち込まれる事はないと考えているのだが、マルタナヤール国の奴隷を我が国に持ち込むと難癖を付けられる可能性も否定できないのだ。
安価な労働力ではあるけれど、デメリットが大きすぎる。
目先の利益しか取れない貴族達にはそろそろ退いてもらうのがいい。
私は従者と共にサロンへと向かった。ここのサロンも後数日もすれば隣国からの外交官が訪れる。今は静かだけれど従者や護衛などで賑わうわ。
「ま、待たせたかしらっ」
カイン様はパッと立ち上がり手を振っている。
「陛下、今来たところです」
サロンの天井は高く、窓ガラスが足元から天井まで続いている温室のような明るい空間になっていて客をもてなすのにとても良い場所。ピアノが置かれ、専任の従者がピアノを弾いていて幻想的な雰囲気となっている。
「ここのサロンは素敵ですね。隣国からの外交官が羨ましい」
「ここのサロンは客をもてなす最上のサロンだと自負しています。素敵ですわね」
今日はマヤがお茶を淹れてくれるようだ。最高級の茶葉なので香り高く心を癒してくれるわ。
「そういえば、カイン様は音楽を嗜むとお聞きしましたわっ」
カイン様は窓に目を向けていたけれど、フッと私に視線を向けて微笑んだ。
「音楽は良いですね。沈んだり、傷ついたりした心を癒し元気を与えてくれる。私には無くてはならない物ですね。確か、陛下はリュートを嗜まれると聞きました。今度一緒にどうですか?」
「わ、私は人前で弾けるほどの腕前ではないのですっ。聞く専門ですわっ」
そう話をすると、カイン様は立ち上がり、従者の弾いているピアノを交代し、弾き始めた。従者の弾くピアノとはまた違い、その音色は甘く切ない気持ちにさせる。時に激しく、時に優しいタッチで紡ぐ音はとても素敵な曲だった。
カイン様は音楽家なのね。私は感動し、無意識に拍手を送っていた。
「凄いわ。カイン様の奏でる音楽は心を揺さぶられます。とても素敵でしたわ」
「クレア陛下、気に入ってもらえて良かったです」
数曲を弾いた後、席に戻りお茶をしながら時間となった。とても有意義な時間を過ごせたような気がする。彼の一面も覗けたのではないかしら。
そうしてカイン様とのお茶の時間はあっさりと終わり、翌日からの数日は執務と陳情のための謁見をこなしていた。
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