第9話
翌朝も執務をこなす。
「マヤ、侍女や従者はしっかりと休めているかしらっ?」
「陛下、ここ最近は陛下の執務時間が大幅に改善されたため、私達の労働時間もそれに合わせておりますし、ローテーションで勤務しておりますので何ら問題はありません」
「そうっ。無理をさせていないようで良かったわっ」
それから暫く執務を続けた後、宰相がいつものように部屋へとやってきた。
「クレア陛下。明日の予定ですが、午後から婚約者候補のローガン・ベイリーとの面会になっております。昨日騎士団を視察されたと報告が私の元に上がっております。訓練の様子を拝見しますか?」
「わ、分かったわ。ローガン様を中庭へ案内して頂戴。昨日宰相に話をしていなかったわね。休憩時間に少し騎士団を覗きにいったのっ。訓練の様子はまた今度見に行くわっ。あ、後、従者のロダを呼んで頂戴」
宰相は不思議そうな顔をしている。
「私に執事がいなかったでしょう?宰相に執事の仕事まで押し付けてしまっていたわ。従者のロダを執事に任命しようと考えているの」
宰相はふむふむ、分かりましたと頷いた。どうやら不満はない様子。
しばらくすると宰相と共にロダがやってきた。
「クレア陛下、お呼びでしょうか」
「忙しい所呼び出してごめんなさいねっ。ろ、ロダにお願いがあったのっ。ロダ、明日から私の執事になって頂戴」
「執事、ですか……?」
ロダは宰相から何も聞かずにここへ来たのかしら。目を見開いて驚いている様子。
「だめ、かしら?」
「わ、私が、執事……。宜しいのでしょうか?」
「えぇ。貴方の働きをしっかりと見た上で決めたの」
「従者の私にとって至上の誉れ。誠心誠意、務めさせていただきます」
ロダは震える声でそう答える。ロダは臣下の礼を執った。
「この話を受けてくれて感謝するわっ。私はまだまだ未熟者。どうかこの先もずっと私を支えて欲しい」
彼のその目は少し赤みを帯びていた。
王族に仕える従者から執事になる事は異例だ。長年従者として王家に仕えていたロダの家。彼は一族の誇りとなるだろう。
執事は決定した。
後は側近を数名増やす事が出来れば国を安定させるための盤石な態勢が整うわ。側近が早く欲しい所ではあるけれど、まずは執務以外調整役になるであろうロダに執事として仕事をしてもらわなければいけない。
宰相はこの後、ロダと契約書類の確認や業務の引継ぎなどがあるようでロダと共に執務室を出ていった。
私は午前中に執務を終わらせて午後からの婚約者候補との面会に備える。ローガン・ベイリー。
彼は確かとても優秀で次期宰相と言われているのではなかったかしら。
私は侍女と一緒に中庭へと足を運んだ。彼は私を見つけるとすぐに立ち上がり、礼をする。
「太陽であらせられるクレア陛下にお会いできた事心より感謝致します」
私は手を挙げて答える。
「す、座って頂戴。それに堅苦しい事は必要ないわ。今日は婚約者候補としてなのだから」
彼は分かりましたと席に着いた。
「ベイリー公爵子息様は」
「クレア陛下、是非ローガンとお呼びください」
「わ、わかったわっ。ローガン様、私の事はクレアと呼んで下さいっ」
彼はフッと微笑み分かりましたと答えた。
「ローガン様はいつも宰相と共に行動しているのよね?最近はどう?何か変わった事はないかしらっ?」
私は話題を必死に探したが、仕事の話しか思いうかばない。彼はというと、少し考えた後、口を開いた。
「王城内では特に変わりませんね。ですが、貴族達の動きは慌ただしいように思います。前陛下が倒れられて以降、疑心暗鬼になっている者も多くいる様子。
ですが、クレア様が陛下になられてからの王政は素晴らしく、疑心暗鬼となっていた貴族達も少しずつですが落ち着きを取り戻し始めています。このまま安定した王政を続けていけばクレア陛下の元に貴族達は集まってくるでしょう」
「ふふっ。そういってくれると嬉しいわっ。私はまだまだ未熟だもの。私を支えてくれている者達が優秀なのだわ」
私は微笑みながらそう言うと、ローガン様はフッと笑みを漏らす。
「そんな事はございません。陛下の内政の手腕は私も宰相唸るばかりです。クレア陛下にしか出来ません。この間の大臣達の会議で通った法案は素晴らしかった。
言い争いになるかと思っていましたが、クレア陛下が上手に話を聞いてサラッと案を纏めてしまうし、税率についても難しい判断だったけれど誰もが納得する説明をしていました。
法に理解がなければ難しいですし、大臣同士譲れぬ物もありますからね。クレア陛下の力量が示されたのだと思います」
ローガン様はにこやかに話し始めた。やはり宰相補佐官というだけあって政務に関して饒舌なようだ。私はローガン様と政務について会話が進む。政務の延長のような会話になってしまっていたが、私もローガン様もついつい話し込んでしまう程会話は途切れる事はなかった。
「クレア陛下、執務の時間となりました」
侍女が時間を告げる。
「そ、そう。ローガン様、今日は楽しかったわ」
私がそう言って席を立とうとすると、ローガン様が先に席を立ち、私の前に立った。
「陛下、執務室までエスコートさせて下さい。……そうだ。話しに夢中でこれを忘れていました」
そう言って胸元のポケットからそっとリボンが付いた細長い小さな箱を差し出した。
「これは?」
「私が使っている物と同じ物ですが、とても使い心地が良いので是非陛下にお持ちしました」
その場でリボンを解き、箱を開けると中には飾り気はないけれど、すぐに見て取れる程の魔法筆だった。
「嬉しい、早速使わせて貰うわっ」
私は嬉しくて飛び上がりそうになったが、何とか女王らしく平静を装い、しっかりと手に持った。
魔法筆とは万年筆のような魔道具でインクの補充が要らない文具なのだ。そして魔力を込めて書くと文字に魔力が残り、誰が書いたのかが分かる代物。書類の偽造が出来なくなるので魔力のある貴族達には人気なのだ。もちろん私も持っているけれど、執務をするのに何本あっても嬉しい。
「陛下、今日はお時間を取っていただき有難うございました。とても楽しかったです。またお会いしたいと願うばかりです」
「ローガン様、私も楽しかったわ。有難う、またねっ」
そうして今日の婚約者候補とのお茶は終わった。なんだかんだで動いているせいか今日も疲れたわ。私は執務を少しだけしてから早めに切り上げた。
考えてみれば王になってから私の休みの日って殆ど無いわ。父や兄は月に二日三日は休みを取っていた。落ち着いたら休みを多めに取りたい。今しばらくは難しいでしょうけれど。マヤは私の疲れを察したようで夕食はあっさりと食べやすい物になっていた。
「り、料理長にとても食べやすかったと伝えて頂戴っ」
部屋に戻って湯浴み後、マヤは私にマッサージをしてくれる。極楽だわ。私はそのまま寝てしまっていたようで気が付けば朝になっていた。
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