第8話
私は模擬剣を団長に渡して執務室へと戻った。予定より少し時間を取ってしまったけれど、騎士団の実情を知れてよかったわ。
まぁ、考えていたより悪かったけれど、これから良くなっていくはず。私は執務室で地獄の特訓メニューをグラン様と脳内会議で作成していると、アーロンが珍しく話し掛けてきた。
「クレア陛下、先ほどはお疲れ様でした」
「アーロン、どうしたのっ?げ、元気が無いわねっ」
「クレア陛下の戦いを見て自分達の弱さに気が付きました。陛下を守っていたつもりで我々は陛下に守られていたのだな、と。情けない。訓練メニューを我々近衛騎士にも頂きたいと思っております」
「そ、そう。アーロンにも心配をかけたわねっ。騎士の訓練メニューを作ったらアーロンにも見てもらうつもりよっ。可笑しな所があったら指摘してちょうだいっ」
先ほどとは打って変わってアーロンの表情が喜びの表情へと変わっている。アーロンも戦闘に参加したかったのかしら?
私がメニューを書き終え、アーロンに確認してもらおうとした時、従者から先触れの話があった。どうやら第一から第三騎士団長が話がしたいという。先ほどの戦闘で疲れ切ってはいるけれど、まぁ、今日の執務は大体終わっているので許可をする。
「団長達がお見えになりました」
「と、通して頂戴っ」
従者が団長達を執務室へと通す。団長達は部屋に入ると敬礼をして私の言葉を待った。
「そ、そこのソファへ座って頂戴っ」
私の言葉で団長達はソファへ詰めて座る。
「それで、どうしたのかしらっ?」
「はっ、先ほどの防衛戦で訓練の甘さを痛感致しました。これでは民を守るどころか陛下をお守りする事も敵いません。前陛下を守る事も出来なかった我々は平和に甘んじていたのです。このままでは騎士として許されない。厳しいメニューにしてもらおうと団長達で話し合い、直訴しにきた訳です」
「そ、そう。今、丁度訓練メニューが出来上がった所よっ」
私はアーロンに渡し、アーロンから団長達へとメニューを見てもらう。このメニューはグラン様が現役時代に騎士団で行われていた訓練法らしい。戦場では常に死と隣り合わせなのでどう生き残るかが課題となる。
生存率を上げるための厳しい訓練法。
グラン様の代以降は戦争が落ち着き、多少の小競り合いはあったものの、平和な時代が続いているのでそれと共に訓練も変化してきているようだ。
グラン様から言えば騎士達は平和ボケしているらしい。だから貴族が王族を殺す隙を作ったのだと。反論できる余地はない。
アーロンや団長達は厳しい表情で訓練メニューを見ている。
「さてっ、異論はあるかしらっ?現在隣国と同盟は結んでいるけれど、王家と貴族達との不和を察知し、同盟を破棄して攻めてくる可能性も捨てきれない。攻め入る隙を見せないためにはまず騎士団が圧倒的な強さを持っていなければいけないわっ」
私の言葉に一同頷いている。このメニューでいいようだ。
「では、明日からこのメニューを取り入れて頂戴っ。後日訓練の成果を見に行くわっ」
そうして話を終わらせようとしていた時、シーロが手を挙げた。
「シ、シーロ団長、どうしたのかしらっ?」
「はっ。私、先ほどクレア陛下の防衛戦で陛下の素晴らしさを再認識致しました。出来れば、叶うのであれば、また手合わせをお願いしたい」
他の団長達もうんうんと頷いている。強いのはグラン様であって、私じゃないのよ。それに私は頭脳派で肉体派ではないし。
――まぁ、そうだな。よし、儂の剣術の記憶をクレアに授けるか。
グラン様、そんな事が可能なのですか?
――多分な。魂の記憶をクレアの脳が記憶するだけだ。身体は自分で鍛えるしかないがな。 ……そうなりますよね。鍛える時間はやってこない気もしますが、記憶があればなんとかなるやもしれませんね。
――まぁ、儂がおる間は心配せずともよい。
「わ、私は頭脳派で剣術は苦手なのっ。そのうち、機会があれば、ね?」
シーロ団長はその言葉を聞き、とても笑顔になった。
そのうちはいつまでも来ないわっ!と心の中でそう呟く私。
「では、明日から進めて頂戴っ」
「「「はっ」」」
団長達は安堵の表情で部屋を後にした。
「アーロン、訓練はあれで良かったかしらっ?」
「えぇ。今の騎士達には十分厳しい訓練となりますね。どれだけの者がついてこれるのかは謎ですが」
私は訓練表をヒラヒラと泳がせながらふーんと興味なさそうにする。騎士達の現状を目のあたりにして優しい訓練は出来ないわ。むしろ騎士の強化が近々の課題かもしれないと思う。
「今日の仕事は終わったし、部屋へ戻るわっ」
「承知いたしました」
私は従者と護衛騎士と共に部屋に戻る。アーロンは今日の護衛ではないので詰所に戻っていったわ。この後、護衛騎士達に新しい訓練の打合せをして明日から他の騎士とは別メニューで訓練を行うらしい。
食事を終えて、従者を下がらせた時、ライが現れた。
「陛下、調査の結果をお持ちしました」
私は早速報告書に目を通す。
――ほぉ、これは重要だな。
そうですね。
ファルム子爵はカロッサ侯爵の指示を受けて奴隷を試験的に領地内で強制労働をさせているようだ。国に分からないように偽装工作をしていると。そしてファルム子爵の領地ではここ数年赤字が続き、税率を上げているが収益は黒字になっていない。
カロッサ侯爵が裏から手を回しているのね。
カロッサ侯爵は我が国の大臣でもある。大臣という立場で赤字の続く領に提携と称して奴隷を受け入れるように下地を作っているのかしら。もちろん影は優秀でしっかりその証拠も押さえている。
「ライ、助かったわ。あと、一つ聞きたかったのっ」
「何をご希望になりますか?」
「ロダを従者から私の執事に引き上げようと思っているの。彼は大丈夫かしらっ?」
「……従者の選定に関りましたが、彼は代々王家に忠誠を誓う一族です。家族の不和も無く、脅されている様子もみあたりません。気になるのであれば魔法契約を行う事をお勧めします」
「……そうっ。ありがとう」
ライが口にした魔法契約とは様々な条件を魔法で契約する事が出来る。条件を破ればもちろんペナルティが課され、ある者は死に、ある者は呪いで体中模様が浮かび上がり、生涯罪人として扱われる事になる。
それくらい重い契約なので普段は魔法契約を行う事はない契約なのだ。
「もう一つ陛下にご報告を。先代に使われた毒が判明致しました。そして陛下の命を狙っていたシャロンは昨日牢の中で死んでおりました。前陛下に毒を盛った者と同じ物が使われていたようです。自死か他殺か現在調査中です」
「どんな毒が使われたの?」
「悪魔の涙と呼ばれる物です。まだ毒の名が判明しただけで出所までは洗い出しきれておりません」
「……そう。分かったわ。引き続きお願い」
ライは報告を終えるとスッと闇に消えていった。
悪魔の涙か。
名前が判明すれば入手ルートもおのずと分かるはずよね。あと少し。私は苦しい胸の内を隠しながら今後の事を考えながら眠りについた。
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