受け入れ難い現実
Ep.48 予期せぬ怨敵との再会
道端で飽きるまで雪合戦をして疲れ切った俺たちは、閑静な住宅街を抜けて街外れにあった回転寿司店で、食べそびれた昼食の分まで腹一杯寿司を食べた。かなり値は張ったものの、年末の繁忙期──それも今日はクリスマスなのだから偶には許されるだろうと、少しだけ普段のような活気を取り戻した様子の心美を横目に見ながら、自分を納得させる。俺たちは他愛のない雑談に花を咲かせながら、すっかり暗くなってしまった夜道を大善の邸宅に向けて歩んでいた。
「はぁ、美味しかったわね。」
「丸一日何も口にしてなかったとはいえ、流石に食い過ぎたんじゃないか……?」
俺たちは腹ごなしも兼ねて、少し遠回りをしながら暗がりの中をゆっくりと闊歩していた。すると、人目に付かない裏路地に入った瞬間に、俺たちの他に降り積もった雪を踏み締める数名の足音が背後から聞こえてくることに気が付いた俺は、違和感を感じて咄嗟に振り返る。なんとそこには、ぼんやりと雪道を照らし出す街灯の光を反射して鈍く光る金属バットを、今にも心美に振り下ろそうとしている何者かの姿があった。
「心美、危ない!」
俺は咄嗟に心美の腕を引いて雪上に倒れ込んだ。謎の襲撃者は俺のことなど目もくれず、転倒した心美の頭上目掛けて再びバットを振り翳す。
「くっ……!」
すぐに起き上がって襲撃者と心美の間に割って入るのは間に合わないと判断した俺は、寝そべった状態のまま両足で力の限り襲撃者の膝を蹴りつける。その光景を傍観していた他の襲撃者が、不意討ちは失敗したと判断したのか、漸くこちらに関心を示して2人がかりで俺に襲い掛かってくる。良く見れば、その手には小型のナイフが握り締められていた。
「心美! バット持ちは任せて良いか!?」
「勿論よ! こんな奴、正面からやり合うなら造作もないわ!」
突如として再来した襲撃犯によって俺たちはまたも命の危険に晒されたが、これはむしろ好機だ。ここでこいつらを捕らえて刑事たちに身柄を突き出すことができれば、事件の真相に大きく接近することができる。不意討ちしてきた金属バット持ちは威勢良く啖呵を切った心美に任せるとして、俺は正面のナイフ持ち2人を倒して拘束しなければならない。そう何度も逃がして堪るものか。
「どうした! 掛かって来いよ!」
俺の挑発に呼応するように、襲撃者たちはナイフを突き出して直線的に突進してくる。やはり、オーストラリアで戦った男たちのような訓練された動きではなく、その身体捌きは素人そのものだった。俺は敢えてナイフを持った襲撃者の片割れに狙いを定めて、迎え撃つように助走をつける。ナイフが俺の身体に命中する寸前で足を突き出してスライディングした俺は、襲撃者の足首を勢いそのままに蹴り飛ばして派手に転倒させる。うつ伏せに倒れ込んで痛みに喘ぐ襲撃者の武装を解除して、ナイフを雪の盛り上がった路地の側溝に投げ捨てた俺は、透かさずもう片方と対峙する。だが、俺はその襲撃者の背後を見て、勝利を確信した。
「後ろががら空きよ。」
既に金属バットを持っていた襲撃者を倒していた心美が、あっさりとナイフを持った奴の腕間接を極める。襲撃者は呻き声を上げながら堪らず武器を手放すと、路地の壁を叩きながら降参の意思を示す。こうして俺たちは突然現れた襲撃者3人の鎮圧に成功して、逃げられないように奪い取ったナイフを拾い上げて眼前の3人に突き付ける。
「もう逃げようだなんて思うなよ! その憎たらしい面を見せてみな!」
薄暗い夜の路地で観念したように座り込みながら、顔を隠すように俯く襲撃者のうち1人の髪を引っ掴んでその顔を拝む。次の瞬間、俺は、その顔を見て絶句した。
「なっ、まさか……。」
なぜなら、その顔は俺も心美も遠い記憶の中で見覚えのある人物のものだったからだ。急いでその場で全員の顔を確認した後、その信じられない光景に驚きを隠せない俺は、自分の勘違いである可能性に賭けて後ろに立っていた心美を振り返る。だが、口元を押さえて震えながら怯えている彼女の姿は、俺の考えが間違っていなかったことを雄弁に物語っていた。
「お前ら……!」
襲撃犯の正体──それは、今からおよそ5年前に1人暮らしをしていた心美の自宅に児童養護施設の職員を
「一体どういうことだ! お前ら、何故心美の命を狙った!」
「……。」
「答えろ!」
卑怯にも黙秘を続ける男たちの恨めしい顔を見て、俺は心美を救ったあの時と同じように暴力的な衝動に駆られる。
「堅慎! ダメよ……!」
心美は俺の腕を掴んで、必死に制止しようとする。俺は彼女の声に正気を取り戻して、あくまでも冷静を装って暴漢共に質問する。
「今日未明、俺たちを襲いに来た一味はお前らだな……?」
「……。」
「答えなくても良い。だが、集団で武器を持って人気のない夜道に誘い込んでから襲い掛かるなんて、これは立派な計画的殺人未遂だ。被害者である俺たちの証言が、お前らの命運を握ってる。あまり機嫌を損ねない方が得策だぞ……?」
「わ、分かった! 話す! 話すよ……!」
俺の脅し文句に屈したのか、暴漢の片割れが慌てて口を開く。
「俺たちはそこの女を殺すように命令されただけなんだ! 5年前だってそうだ! そこの女を好きにしていいから、その代わり全てが終わったらきっちり殺しておけと命令されたんだ!」
「なんだと……!?」
男によれば、かつての強姦未遂事件の時点で、犯人は心美に対する殺意を抱いていたようだ。何者かの命令に基づいて動いていたというこの男の話が確かならば、黒幕は別に存在していて、複数の実行犯に指示を出していたということになる。
「命令されただけだと!? 命令されればお前らは非道な行いも厭わないのか……!」
「……。」
再び
「お前らに命令した奴ってのは誰だ……?」
「い、言えねえ! それだけは言えねえよ! 言ったらまた元の生活に逆戻りだ……。」
元の生活だと。一体どういう意味だろうか。
「言わなかったら
「お前にそんなことはできねえだろうよ! たった1人の家族を残してムショにぶち込まれたくはないだろ……?」
こいつら、何故心美が俺に残された唯一の家族であることを知っているんだ。だが、今はそんなことはどうでも良い。
「堅慎、もういいわ……。さっき橘さんたちに連絡を取って、襲撃犯を確保したことを伝えたから、間もなくここまでやって来るはずよ。」
冬の寒気にも負けない淡々とした声色で言い放った心美は、かつて自らを犯し殺そうとした怨敵を前に、顔面蒼白で震え
「最後に1つだけ聞く。心美の叔父さん──紫音一家を殺害したのはお前たちか……?」
「バットのグリップ部分を見てみな……。」
心美は暴漢が手にしていた金属バットを拾い上げて、俺のもとまで持ってくる。それは、俺たちが深夜に襲撃犯から奪い取った凶器と同じものだった。やはり、この男たちはその襲撃犯の一味に属していたうちの3人ということだろう。
俺たちは男の言葉通りにバットのグリップ部分を見ると、巻き付けられたグリップテープに赤いシミが付いていた。
「これは、まさか──」
何か合点が行った様子の心美を見て、俺もそのシミが何によって出来たものか想像がついた。おそらく、心美の従兄妹を殺害した鈍器はこの金属バットだったのだろう。その際に飛び散った返り血がこの金属バットに染みついたという訳か。となれば必然的に、ナイフを持ったこの男たちのどちらかが紫音夫婦殺害の実行犯であるという可能性は一気に高まる。いずれにしても、この凶器を警察に引き渡せば分かることだ。
「茉莉花さん! 岩倉さん! 大丈夫ですか!」
一家殺害事件の犯人と襲撃犯の関連性がいよいよ濃厚となってきたタイミングで、昼間に一度警視庁へと帰還していた橘と平野が心美の通報を受けて、数名の警察官と共に駆けつけてきた。警察官たちが3人の襲撃犯に手錠を掛けて連行している間、俺たちは橘と平野にありのまま起きたことを説明した。
「なんと……! つまり、このナイフと金属バットが紫音一家殺害に用いられた凶器である可能性が高く、従ってただいま確保した暴行犯たちが殺害の実行犯であると……!?」
「そうです。しかし、彼らに殺害を命令した黒幕は別に存在しています。その人物を逮捕しないことには俺たちに平穏は訪れない……。襲撃犯はあの3人で全てではなかったはずですから。」
橘は顎に手を当てて考え込むような仕草を見せた後、自身の見解を述べる。
「一先ず、これらの凶器は鑑識に回して徹底的に調べ尽くします。被害者である紫音夫婦の受けた刺傷とナイフの形状が一致したり、紫音氏の子供たちのDNAと金属バットのグリップテープに付着した血痕のDNAが一致したりすれば、凶器を所持していた襲撃犯たちが一家殺害の実行犯であるという確たる証拠となります。まずは検査結果を待ちましょう。」
「ええ、そうですね。」
「このままでは茉莉花さんや岩倉さんの身の安全が保障できません。どうでしょう。今日のところは私たちが御身を保護するため警視庁までお越し頂けませんか? その方が鑑識結果が出た際に速やかにお伝えすることもできますし、何かと都合がよろしいかと。」
「なら、お願いしようかしら。堅慎もそれで良いわよね……?」
橘のありがたい申し出を快諾した心美に首肯して、俺たちは犯人を乗せたパトカーとは別に路地の外に停めてあった橘たちの車に乗せられて、警視庁へと向かうことになった。
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