Ep.24 背信の国会議員
心美は衆議院議員・足立孝則の衆議院会館事務室直通の電話番号をスマホに打ち込んで連絡を試みる。コール音が数回鳴った後、どうやら無事に電話が繋がったようだ。
「お忙しいところ恐れ入りますが、こちら足立孝則議員の電話番号で間違いないでしょうか。」
「……。」
「少々お伺いしたいことがあるので、今日中に面会の機会を設けていただけませんか。」
「……。」
「要件ですか。菊水次郎議員と日本国家そのものへの背信行為──とでも言えばお分かりになりますか。大人しく会った方が身のためだと思いますけどね……?」
心美が電話相手とどのような話をしているのかは分からないが、俺たちが先程導き出した推理の答え合わせをするため、何やら鎌を掛けるようにこちらの手札をちらつかせ、面会に応じるように交渉しているらしい。
「理解が早くて助かります。それでは後程。」
ほんの数十秒の会話を経て、心美は電話を切って1つ深呼吸をしてから高らかに宣言する。
「堅慎やったわ! 電話口に出たのはおそらく天道本人。菊水さんの名前を出した途端に声色を変えて狼狽してたから、おそらく次郎氏からの情報を基にスパイと共謀して犯人へ指示を出していたのは彼と足立議員で間違いない。今から議員会館に突撃よ!」
「足立議員の事務室で本人とご対面って訳か……!」
「陽菜ちゃんに感謝ね!」
§
俺たちは病院を飛び出てタクシーを呼び、永田町まで車に揺られること2時間弱、昼頃には衆議院第一議員会館に到着した。足立議員からの許可が既に通っているようで、受付ロビーでの入館手続きは遅滞なく進んだ。
「こちらの面会証に必要事項のご記入をお願いします。」
俺は自分たちの身分や面会用件をどのように誤魔化そうか逡巡するも、あまり良い案が思い付かなかったので、一先ずジャーナリストとして取材目的の面会だと記入して、受付で対応してくれている女性に面会証を渡す。
「それでは、あちらで所持品検査を受けてから、面会証に記載して頂いたご用のある事務室までお進みください。」
受付の女性に言われた通り、俺たちは金属探知機による簡易的な所持品検査を受けた後に、逸る気持ちを抑えながらエレベーターで足立孝則の議員事務室まで辿り着く。
「ここは議員会館だし、相手も現職の国会議員だから下手な真似はしてこないと思うけど、堅慎も念のため用心してね。」
「勿論だ。何としてもここで情報を引き出さないとな……。」
意を決して部屋のドアをノックすると、陽菜が証言した特徴に合致する顔色の悪い男が出てきて、俺たちを部屋の中に招き入れる。
「ど、どうぞ……。」
促されるまま部屋に入ってソファに腰掛けると、恰幅の良い年配男性と相対する。おそらく、眼前のこの男こそが足立孝則その人だろう。
「君たち、未成年か……? 年端も行かぬ若者たちが私に何用かね……。」
すると心美は
「っ、君は──」
「お初にお目にかかります、足立孝則衆議院議員。私は探偵業を営んでおります、茉莉花心美と申します。」
正体を明かした心美の姿を見た足立は、血相を変えて側近の天道を睨みつける。
「折角『スパイ防止法』制定に向けて国会が一致団結しているという大切な時期に、やってくれましたね足立議員?」
「な、何のことかね……!」
「往生際は潔くお願いしますよ。」
心美はこれまで築き上げてきた自身の推理を、足立の前で改めて披露する。
「貴方は同政党所属の事前審査部の現会長・菊水次郎から3日前、とある黒猫の失踪について聞き及んでいましたね。ペルシャ猫のミーシャちゃんです。」
「っ……!」
足立は眉を微かに動かして反応する。それだけで、この推理が的を射ているものであり、話を続ける価値があることは明白だった。
「何故飼い猫の失踪というプライベートな情報を、仕事仲間に過ぎない貴方が知ることになったか。それはミーシャちゃんの赤い首輪に秘密がありました。」
「菊水議員は現在国会審議中の法案やその関連資料に加え、与党政治家の泣き所であるスキャンダルに門外不出の国家機密まで、多岐にわたる重要書類を自宅倉庫に保管していました。そして、その倉庫の門番こそが彼の愛猫・ミーシャちゃんだったのです。黒猫の赤い首輪の裏側には64桁のパスワードが刻印されていました。」
「そんな愛猫の失踪に焦りを隠せなかった菊水議員は国家の安全と自らの保身のために、貴方を含め、同僚の議員にミーシャちゃん捜索の助力を求め、必要な情報を伝達しましたね。ですが、菊水議員を追い落として自らの地位を押し上げることを企むなり、中国スパイからの贈賄を受けるなり──何らかの動機によって貴方は、その情報を逆手にとって重要書類の国外流出を目論んだ。」
「菊水議員からの情報を基に我々よりも僅かに先んじて行動を開始した貴方は、まず秘書の天道を使って彼の娘・陽菜ちゃんに接近して、ミーシャちゃんの失踪当時の情報を根掘り葉掘り聞き出した。いつ失踪したか、何処に行きそうか、猫の好きなものは何かなど、捜索に必要な事項は漏れなくね。」
「そうして我々よりも先にミーシャちゃんを発見するに至った貴方は、猫の首輪に位置情報を発信するマイクロチップを埋め込んだ。なぜなら、後は菊水議員の自宅の場所さえ知れれば倉庫を開錠して重要書類が手に入るのですから。」
みるみるうちに青褪めていく足立と天道の顔色は、心美の推理が丸切り図星であることを雄弁に物語っているようだった。
「ですが、実行犯は貴方たちではありませんでした。私たちは猫を見つけて菊水家へと受け渡しに行った張本人ですから、昨日も現場に居合わせたため知っています。実際に書類を盗み出した強盗犯2名は貴方たちとは別人ですね……?」
その時だった。一頻り心美の推理を聞いて観念するかと思いきや、足立と天道は覚悟を決めるように目配せして、にやりと口角を上げる。その不敵な笑みによって、内心で
「いや、違うぞ心美! 黒幕なんて初めから居なかったんだ……! 目の前のこいつらこそが、昨日の襲撃犯2人組に違いない!」
「そんなまさか……! あの時とは口調も態度も何もかも違うわよ!?」
「おそらく、万が一目撃者が居た時のための予防線だったってことだろう! 昨日は覆面を被ってたから声質も若干違う!」
すると、一方的に犯行の手順を暴露する俺たちを黙々と傍観していた天道が歩き出し、部屋の奥にある足立のデスクの引き出しに手を掛ける。
「おい! 何してる!」
「何をしてるかだと……? そこまで知られたからには、もうお前らを消すしか選択肢は無くなっちまったって事だよ!」
引き出しから昨日見たものと同じ2丁の拳銃を取り出した天道は、片方を足立に投げ渡して、素早く俺たちの眉間へと標準を合わせる。
「馬鹿な、ここは議員会館だぞ!? そんなもんぶっ放したら、すぐにでもセキュリティが駆けつけるはずだ──」
「うるせぇ! 俺たちはな、この国そのものを裏切っちまったんだ! 今更もう後には引けねぇんだよ……!」
その刹那、威勢良く啖呵を切った足立と天道の拳銃から1発ずつ、小さな火花と共に命を毟り取らんとする凶弾が冷徹に放たれ、重く鈍い金属音が部屋中に鳴り響いた。
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