Ep.11 真相究明への足掛かり

「それで、その外国人の男たちは何を話してたの?」


 俺は食堂に向かうエレベーターの中で、先程3階の一室から外国人2人組の喧騒を耳にしたことを心美に報告していた。


「悪いが、そこまでは分からない。何やらがどうのとか言っていたのは分かったんだけどな。」


「容器ですって?」


 ドア越しに声はくぐもって聞こえた上、俺のリスニング能力では断片的な単語を記憶することで精一杯だった。


「口惜しいわね……。私がその場に居れば聞き取れたかもしれないのに。」


「す、すまん……。」


 気落ちする俺を余所目に、俯きながらぶつぶつと独り言を呟いている心美を邪魔しまいと口を閉じた。暫くして、エレベーターのパネルは2Fと表示して機械音と共に停止する。



 §



 廊下を歩いて辿り着いた食堂の扉を開くと、既に俺ら以外の8人は勢揃いしていて、思い思いに食事を楽しんでいる。そこには、先程まで言い争いをしていた外国人らの姿もあった。


「ねぇ。あの人たちに『さっきは何を話してたんですか』って聞いてみれば?」


 心美は良い考えが浮かんだと言いたげに手を打って、突拍子もない提案をする。


「はぁ!? そんな明け透けに盗み聞きしてたことを暴露するようなヤバい奴を、俺に演じろっていうのか?」


「演じろっていうか、盗み聞きは事実でしょ?」


「いや、そういうことではなくてだな……。」


「まぁ、彼らが犯人かもしれないから警戒されるような真似は控えましょうか。」


 その代わり、と言って心美は俺を引き連れて外国人2人が囲むテーブルの近くに座る。


「おっ、昼間会った綺麗な姉チャンじゃねえかヨ!」


「ほんとダ! あれ、泣いてんのカ……?」


 相変わらず堪能かんのうな日本語で無遠慮に話しかけてくる男たちは、心美の泣き腫らして赤くなった目元を見て俺を睨む。


「おいお前、ガールフレンドを泣かせたのカ?」


「感心しないねぇ、ボーイ?」


「ち、違う! ガールフレンドでもなければ、泣かせてもいない! 適当なこと言うな!」


 俺は要らぬお節介を焼いてくる男たちを牽制するように、きっぱりと言い放つ。


「はは、そりゃいいナ! 姉チャン、フリーならこの後酒でもどうダ?」


「あら、折角のお誘いだけれど、生憎私はまだ未成年なの。」


 下心満載の誘いを一蹴する心美だが、それでも男たちは食い下がる。


「つれないこと言うなヨ……! 俺はジミー、こいつはロバートってんダ! きっとあんたを楽しませられるヨ!」


 聞けば彼らは欧米系中国人で、見た目は典型的なアメリカ人といった感じだが、彼らが名乗った名前は、本名の中国語名とは別の英語名だと言う。


「随分と熱心ね。だったら、貴方たちの部屋で良いなら後でお邪魔するわ。」


 なんと、心美はジミーとロバートの誘いを承諾した。


「お、おい! 心美、何考えて──」


 俺が咄嗟に異議を唱えようとした瞬間、対面する男たちの死角となっているテーブルの陰で、心美が履いていた靴が俺の足の甲を力一杯に踏み抜いた。


「いっ──なにすんだ、心美……!」


 突如として襲い来る予期せぬ激痛に叫び声を噛み殺しながら、いわれのない暴力行為の加害者へと抗議の視線を向ける俺を無視して、彼女は男たちの返事を待っているようだ。


「いや、俺たちの部屋はダメダ。あんたら、最上階のスイートルームに泊まってるんだロ? そっちの方が広くて快適そうだ、俺たちがそっちに行くヨ。」


 ジミーの言葉を聞いた心美は、ほんの僅かに口角を上げた。


「あら、私たちがスイートルームに泊まってるなんて、一体誰から聞いたのかしら……?」


 可能な限り情報を引き出そうと、心美の仕掛けた罠に引っ掛かったジミーは、微かに狼狽した様子を見せる。


「っ、いやほら、昼間ホテルの人に、姉チャンがあんまりにも可愛かったから、もう一遍会えねえかなと思って聞いたんだヨ! 気を悪くさせたのならすまねぇナ……!」


 必至に取り繕おうとするジミーの抗弁に眉ひとつ動かすことなく、心美は追撃の手を緩めない。


「私の部屋は今照明機器が故障していて、暗くて怖いの。どうしても貴方たちの部屋がいいわ。」


 すると、ロバートの方は心美の言葉に好反応を示す。


「おい相棒、良いじゃねえか、俺たちの部屋でモ。あの容器なら別のを買えばいいんだから今すぐ処分しちまエ……。」


「だ、ダメダ! あれは、俺の個人的に大切なものなんダ!」


「その大切なものに、小便引っ掛けちまったってのかヨ?」


「容器? 小便? いったい何の話かしら……?」


 心美の一声に、ジミーは今度こそ盛大に肩をビクつかせて焦りを隠せない。


「な、なんでもねぇヨ! 良く見たらあんた、あんまり俺のタイプじゃねえヤ……! また今度ナ……。」


 そう言って大人しく引き下がるジミーの一方で、ロバートは不服そうに文句を垂れる。


「冗談だろ相棒!? あんな上玉、どこ行ったって中々お目に掛かれるもんじゃねエ! この一瞬で不能になっちまったってのかヨ!?」


 その後もジミーとロバートの口論は続いたが、俺の腹の底には沸々と怒りが込み上げていた。暗い過去を抱える心美を護る者として、こうした自身の性的欲求を隠そうともしない下種は、俺にとって最も心美から遠ざけたい手合いだ。それなのに、心美はどうしてこんな奴等の誘いに乗り気になってたんだ。


「心美、大丈夫か? 何でこんな男共の邪な申し出を受けようとしたんだ……?」


 すると心美は1つ大きく深呼吸して答える。


「怖かったぁ……!」


「え?」


「馬鹿! 私だって、本心では行きたくないに決まってるでしょ! 本当に部屋まで連れていかれそうになったら、どうしようかと思ったわよ……。」


「ど、どういうことでしょうか。」


 俺は心美の矛盾した言動に戸惑いを見せる。


「『虎穴に入らずんば虎子を得ず』よ。」


「ん……?」


「大丈夫、私はたった今、虎の子の証言を手に入れたわ。」


 何やら自信満々に、得意げな表情で確信めいたものを感じている心美の狙いが掴めず、俺はそのテンションに付いていけない。


「ま、待て! 俺を置いていくな……!」


「ここで大っぴらに話すのは危険だから、一先ず夕食を済ませて部屋に戻ってからね。」


 そう言って誤魔化そうとする心美にじれったい気持ちになりながらも、暫くして中川シェフが運んできた夕食に舌鼓を打った俺たちは足早に食堂を後にした。



 §



「それで、何が分かったって言うんだよ。気になって食事どころじゃなかったぞ。」


「そんなこと言う割には、大層美味しそうに食べてたじゃない。まあいいわ。結論から言って、犯人とその手口はほぼ分かった。」


「はぁ……!?」


 突如として心美によって告げられたその驚くべき主張に、俺は食後のジャスミン茶を淹れようとしていた手元が狂って茶葉を床にぶちまける。


「あぁ! 高価な嗜好品を粗末にして! そうなると思ったから、わざわざ部屋まで戻ってきてから話し始めたって言うのに……。」


「ご、ごめん! いやでも、あまりにも藪から棒に言うもんだから驚いて……!」


 床掃除をしながら心美の話に耳を傾けようとすると、まずは心美から質問を受ける。


「さっき、ジミーとロバートの口論を耳にしたって言ってたでしょ?」


「あ、あぁ。」


「その時に、尿を意味する言葉を言ってなかった? "pee"とか、"urine"とか。」


「どうだったかな……。」


 俺は必死に記憶の海の中から、先程の男たちの喧噪の模様を手繰り寄せる。


「"No.1"とか、あるいは少し低俗だけど"piss"とか。」


 その言葉に、俺はどことなく聞き覚えがあった。


「それ、確かに言っていた気がする!」


「下品なあいつららしいわね。」


 俺の回答に確信を得たように頷いた心美は続ける。


「天気予報が確かなら、明日の昼頃には嵐が去るわ。栄泉リゾーツの武田さんは他のホテルで事件が何も起きていないことやこのホテルと連絡がつかないことに気付いて、念のため警察を引き連れて離島に向かって来るかもしれない。その時を待って全員を一所に集めて、真島の他殺と犯人を暴露するわ。」


 心美は自らの周到な計画を俺に共有する。


「わ、分かった。ちなみに、心美の言う犯人って結局誰で、どうやって真島さんを……?」


「それはね──」


 真島殺害の驚愕の真相を聞き、俺は言葉を失って呆然と立ち尽くす他なかった。

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