鳴かないより鳴きたい蝉でいたいから

 御先祖様へ報告をすませて境内へ戻る。さんざめくような木漏れ日のなか、ご神木からは、なんだか懐かしい匂いがして、そこだけがシンと静かだ。

 ん? 静か?

 わたしの天空のぐるりは間断なく蝉時雨が容赦ない。にもかかわらず、このご神木からは蝉の声が響いてこない。しげしげと眺めてみれば蝉はいる。蝉に覆い尽くされていると言っても過言ではないくらい。それらの蝉はみな、じりじりと幹を這い上がっていく。脇目もふらず、一心不乱に。

「やはりお気づきになりましたな」

 いつしか、傍らに住職が微笑んでいた。

「なぜ、この木の蝉は鳴かないのでしょう? みんな雌だから?」

 住職はきゅっと笑って、首を横に振る。

「元来蝉は鳴かぬもの。あれは共鳴箱のようなもので鳴っているのは木でな。その木もまた大地の震動を伝えるものであり、その振動の源は」

 住職がそう言ってわたしを見ると、腕の中の我が子が、力いっぱい泣き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る