竜安禅師取材メモ 14/15 臍に涎

 禅師を突き抜けた私は、刃を振り捨てて禅師の前にひれ伏しました。

「お赦しを。お赦しを」

 疑天竜安禅師は、乱れた半着もそのままに「面を上げなさい」と、私の肩に触れました。顔を上げた私の目の前には、禅師の臍がありました。臍には無数の襞が蠢いていて、その無数の隙間には、無数の石庭が蠢いていました。そこでは、私が振り捨てた無数の白刃が朝日をギラギラと反射し、無数の白砂全体が波光のように煌いていました。それは禅師のただ一つの臍の内に、無数の広大な湖のように広がっていました。

「赦すものも赦さぬものもないのです」

 無数の臍の中にいる、無数の禅師が言いました。無数の私は無数の禅師に縋りつきました。ですが、私が縋ったのは深い湖で、溺れる私の口から呵々と吐き出された無数の泡の全ては、禅師の臍だったのでした。

 窒息しかけた私が顔をあげると、テーブルは涎で溢れおり、それは窓外の琵琶湖に繋がっていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る