竜安禅師取材メモ 5/15 瞼

 静かな朝空に消防車のサイレンが響いた。疑天竜安禅師は柔和な顔でゆっくりと瞼を閉じて、開いた。私は禅師に尋ねた。

「寛政九年の火事は、お庭に変化をもたらしたでしょうか?」

 火事以前の庭が現在の庭と異なっていたとしたら、庭の意味も違っていたのではないか、私はそんなことを考えていた。

「さて。想いは形に形は想いに囚われるのでございましょうね」

 禅師は再び瞼を閉じた。私もつられて瞼を閉じた。瞼を開けると真っ暗だった。瞼を閉じていたからだった。瞼を開けた。だが眼は瞼に塞がれていた。瞼の内側に瞼があった。私は幾枚もの瞼を開けた。だが閉じた瞼は尽きなかった。私は無限の瞼の彼方に閉じ込められていた。

 瞼を開けると、新幹線はトンネルを出るところだった。小田原駅を通過し、またトンネルに入る。私は汗を拭い、窓外を凝視した。トンネルを抜けた車両は小田原駅を通過し、またトンネルに入った。車両が呵々と軋んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る