竜安禅師取材メモ 3/15 囲碁

 私と疑天竜安禅師の間に碁盤があった。私が、石庭から新たな定石に開眼した囲碁棋士のことを話し、庭石の配置の意図を尋ねたところ、禅師が「囲碁のことはよく存じませんが」と柔和な顔で書院から運んできてくださったのだ。

「碁石はないのですか?」

 と尋ねると、禅師は広縁に座ったまま、届くはずのない庭の白砂を一掴みして、碁盤上に振り撒いた。白砂は蠕動しながら盤面を灰色に覆うと、無数の小さな凸を生じさせた。

「中に仕掛けがあるのですか?」

 朝日を浴びて真っ白な凸が落とす黒い影は凹のように見え、陰影は凹を凸のようにもみせた。砂は凹凸を明滅させながら盤の四方から溢れ、広縁もろとも私を埋めた。皮膚の中を何かが這い回る感覚に私は戦慄した。

「中も外もみな表でございます」

 気がつくと、新幹線は新横浜に向かっていた。車内販売で買ったカツサンドを齧るとカカッと、硬いものが歯にあたった。それは碁石の黒であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る