第3羽 約1時間前 6月30日

【2時間目】

ここしばらく梅雨で、ずっと雨が続いていたが、久しぶりにやんだ。

空はどんよりとしているが、外で体育ができそうだ。


やっと計れるぞ。50m。

運動場で50m走を計ることにした。


全員が体操着に着替えて、運動場に集まる中、ヒロコだけは、体調が悪いと言って、保健室で休むことになった。また、ヒロコだけ別の日に計ろう。


スタートのピストルが見つからなかったので、タカヒロにプロレスのゴングを教室まで取りに行ってもらい、始めることにした。


「よーい」

「ゴーン・・・」


意味不明なスタート合図だが、子どもたちは、あまり気にしていないようだ。


順調に計測は進んでいき、最後の1人となった。

ここまでの最高記録はイクの7.1秒。さすがだ。

最後にカズが走る。


「ゴーン・・・」


カズはスタートから勢いに乗り、疾風のようにゴールめがけて走る。


すごい・・・6秒台が出るかと思ったそのとき、

ゴール直前でバランスを崩し転倒。うまく受け身を取って、すぐに起き上がったが、膝をすりむいたようだった。


「痛い痛い・・・」


と言いながらも自分で歩いて保健室の方へ歩いていった。


カズは、先に校舎に帰ったので、残りの子どもたちで整理体操をして、解散することにした。これから着替えて休み時間となる。・・・はずだった。



【休み時間】


「先生!教室の鍵が閉められています!」


大きな声を出して職員室に入ってきたのは、リョウジだった。


何のことか分からず、腕を引っ張られて教室に向かうと、子どもたちが教室の廊下の前で集まっていた。


「早く開けてください!着替えられません!」


言われるがまま、持っていた鍵でドアを開けると、そこにヒロコがいた。


うつ伏せで。


動かない。


頭部から、糸のような赤い血の筋が見える。


僕も含め、この場に居る全員がどういう状況なのか分かっていなかっただろう。しばしの静寂の後、後ろの方で女子の悲鳴が聞こえた。


一体何が起こったのか、分からない。そして、全身の羽毛が逆立ち、何をしなければならないか考えた。


まず、ヒロコの安否確認だ。

よく見ると、胸が上下している。まだ、息はある。


「一緒に保健室まで運んでくれ!」


近くにいた子どもたちに声をかけたときに、ヒロコの右手の人差し指が何かを指しているのに気がついた。黒板だ。

黒板には白いチョークで


『マニタ』


と書かれている。

そんなことは今はどうでもいい。

とにかくヒロコをベッドまで運んで、校長に連絡だ!


「先生!動かさない方がいいです!」


必死だった僕を制止したのはイクだった。

たしかに出血している子を動かすのは間違いだ。


「それより校長に連絡して、対応を仰ぎましょう」


言うとおりに内線で校長に連絡すると、もうすぐ給食を運ぶ船が6年の島に向かうので、救急隊員とそれに乗っていく、とのことだった。大丈夫か?


さて、この状況、どうするか。

頭部から血を流している。何でぶつけた?いや、殴られた?


よく見てみると、ガラスペンのインクのビンが転がっている。血がべったりと付いている。

普段からヒロコが使っているインクと同じシリーズだ。


やはり、これで、誰かに殴られたのだろうか。

そして、黒板に書かれた『マニタ』とは・・・


そこで、左目だけマニタの方に目をやると、蚕のような青白い顔をしていた。

ウチノから


「これ、ダイイングメッセージかな?リョウジがやったの?」


と問い詰められている。

確かに無理もない。

1時間目にはこんな字は書いてなかったのだから。


殴られたヒロコが犯人の名前を残そうとしたと考えるのがセオリーだ。

一応、聞いてみる。


「リョウジ、どうなんだ」

「僕は・・・こんなことしてないよ」


声が震えている。


そして、横たわったヒロコの肩が痙攣している。早く救急隊員来てくれ!


マニタが本当の事を言っているか分からない。

でも、犯行が行われたのが2時間目の最中だということは分かっている。


「2時間目・・・たしか、サトウがゴングを取りに行ってなかったか?」

「え・・・え・・・えっと、ゴングは教室にあると思ったんだけど、僕の部屋にあることに気づいたんだ。だから・・・教室には行ってなかったんだよ・・・」


サトウがしどろもどろに答える。


ヒロコの肩が先ほどより大きく痙攣している。


こうなってくると、全員が怪しい。マエダだって、怪我をしたから授業を少し早く抜けている。


「先生!」


イクが何かに気づく。


「このビンのインク、色が透明だよ」


確かに、凶器と思われるビンの蓋が開いていて、透明のインクが飛び散っているようだ。

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