第2羽 約2ヶ月前 5月8日

もう、22名の学級のみんなとは馴染んで、休み時間は全力で子どもたちと遊び、授業は熱中できるものを目指して頑張っている。

1時間目は算数。いつも授業の最初には、前の時間を振り返ることにしている。


「この直方体の体積は・・・」


僕が言いかけると、


「底面積かける高さでしたよね。」


すぐに答えるのはワタナベ イクだ。学級委員をしていて、明るい性格だが、算数が得意で、すぐに答えを言ってしまう。

いつも笑顔で明るく、クラスはイクを中心にまとまっている。


「だから、答えは、310立方cmです。」


間髪を入れずに、正答。


「はい、ミン310ね。」


まだ、授業の導入。ここは、さらっと進める。

黒板に書いたあとに、羽についたチョークの粉をはらう。お決まりの動作だ。

イクは、自分の言ったことが正解で、喜びをまぶたに浮かべている。そんなまぶしい表情で僕を見ないでくれ。


とりあえず、笑顔で返しておく。

満足そうなイクを横目に、他の子どもたちのノートが書けているかチェックしにいく。



ばれないようにノートと雑誌を重ねて読んでいるサトウ タカヒロ。

タカヒロの後ろから気づかれないように近づき、何を読んでいるのかを確認する。

やはり、読んでいるのは「週刊ゴング」だ。いつものこと。プロレスには目がない。いつもいつも隠れて読んでいる。そこで、


バシッと、頭を叩いて、注意!


と、いきたいところだが、最近はそんなことをすると体罰だと言われかねないので、やさしく話しかける。


「僕も昔は、プロレスラーを目指してトレーニングしたもんさ。体を鍛えるために、必死にササミを食べだよ。え?共食い?違う違う。ササミはニワトリだ。僕はミミズクだから、問題ないさ。プロテインで体を鍛えて、授業中は脳を鍛えるのがいいよ。これは預かっておくね」


などと、しょうもない小話を挟み、さりげなく取り上げることにした。

熱中することはいいことだ。でも、授業中と休み時間の区別を教えてあげることも僕の使命だと思う。


でもさすがに、学級文庫に「週刊プロレス」と「週刊ゴング」を並べるのはやめてほしい・・・誰も読まないのに。



黒板に書かれた直方体を上手くノートに写しているのがマニタ リョウジ。

30秒でどんな絵でも描ける。彼のノートはいつも美しい落書きでいっぱいだ。

数字を覚えるのが苦手だが、隣に座っているイクのおかげで授業は理解しているようだ。



シャッ!シャッ!

ものすごい筆音を立ててノートを書いているオカザキ ヒロコ。容姿端麗、頭脳明晰。きれいなさらさらの髪をポニーテールにしている。高級感のある眼鏡がインテリ感を追加している。きっとウン十万する眼鏡なのだろう。


そのヒロコの手元を見て驚いた。

なかなか言葉が出ない。


「ヒロコ・・・なに・・・それ」


やっとの思いで出した質問に


「え、ガラスペンですけど」


平然と答える。


「いや、鉛筆使えよ」

「4月からずっとこれですけど、先生何も言わなかったじゃないですか」

「え、そうだっけ」

「そうですよ。そもそも、ガラスペンは禁止されていない文房具です。これからも使いますから」


そう言って、グリーンブラックと書かれたインクにペン先をつけるヒロコ。どんな黒やねん。

なかなか難しいお年頃なのね。

シャッ!シャッ!

ガラスペンの奏でる音色に慣れるしかないか。

また、珍しいインクを探してきて、機嫌を取ろう。



隣同士で消しゴムを投げ合って遊んでいるのが、マエダ カズと、ウチノ ミホ。

僕はわざと2人の間を通って、こらこらと注意していく。しかし、僕は気づいている。カズは、ミホとふざける振りをして、いつも横目でヒロコを見ていることを。先ほども、僕とヒロコが話しているのをじっと見ていた。



そんなこんなで、日々の授業をこなしていった。

このまま平穏な日々が続くと思っていた。

あの日までは。

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