離島の小学校に赴任したミミズクの先生。
TN太郎
第1羽 先生の名は、R.B.ブッコロー
氷が張ったような静けさだ。
チク・・・タク・・・チク・・・タク・・・
教室に時計の針の音だけが鳴り響く。
こんなことになるはずじゃなかった。
まさか、僕の学級でこんなことになるなんて、思ってもみなかった。
教室には、しばしの静寂の後、女子児童の悲鳴が響き渡る。
僕の羽毛にその声が突き刺さる。それと同時に、全身の血液が逆流するほどの恐怖を感じた。
僕たちのいる有隣小学校6年生の教室の中で、ヒロコが横たわっていた。頭からは、床に何本か赤い糸のような細い血の筋が広がっているのが見える。
ヒロコをよく見ると、右の人差し指が何かを指している。その先をたどってみると、黒板に書いてある名前にたどり着く・・・
「マニタ」
―約3ヶ月前 4月3日―
ペタ、ペタ、ペタ、ペタ
僕は、新しい靴を履き、初めて入る校舎にわくわくを隠せなかった。ちなみに僕の足は、枝をつかめるように人間とは違う形をしている。だから特注の靴を履いていて、このような足音になるのだ。
ここは神奈川県三浦市にある、私立有隣小学校である。これまで、3年間、使い古された公立小学校の校舎で勤めていた僕にとって、私立のきれいで整った西洋風の校舎に、これからの明るい未来を想像していた。
「えっと、教室は・・・」
この学校は、少し変わった立地をしている。
三浦市の南方約8kmのあたりに人工の島が点在している。
この島は最近出来たのでGoogleMapや有隣堂で売っている神奈川県全図で確認することは不可能である。
この島の存在は有隣小学校の関係者しか知らない。
各学年ごとに、1つの島が与えられ、そこで学期の期間は、寮に泊まって集団生活を送ることになっている。
僕は、6年生の島に着き、これから1年間過ごす校舎を校長のハヤシユタカ先生に案内されていた。小さな島だが、運動場や林もある。
子どもたちと鬼ごっこをしたら楽しそうだな・・・そんなことを考えていた。
教室に入る前にハヤシ校長が口を開く。
「あ、先生、この島ですが、基本的に担任の先生と児童しかいません。何か緊急の時は船で私が来ますが、それ以外は、食事を運んでくる船に乗っている船員を通じて他の島とやりとりをします。」
「そうですか」
かなり責任が大きい。もともと聞いてはいたが、その点に関しては不安要素だらけだ。
しかし、学校の方針として、自分の身の回りのことを自分で出来るようになって欲しいというねらいがあるらしい。
「では、ここが先生の教室です。後は、よろしくお願いします。」
そう言って、ハヤシ校長はそそくさと船に乗って帰って行った。
私は、ドアに手をかけ、すうっと、大きく息を吸ってから、開けた。
きれいだ。清潔感のある教室。ゴミ一つ落ちていない。きっと、前任の先生がきれいに片づけてくれていたのだろう。
黒板の前に行き、自分の名前を書いてみた。
カッカッ、
「R.B.ブッコロー」
パッパッ、
服・・・
いや羽に付いたチョークの粉をはたき落とす。
そう、僕は人間ではない。ミミズクだ。
ミミズク初の小学校教員として、3年前に新聞で大きく取り上げられたことはまだ記憶に新しい。その後、同じ神奈川県内でトリ先生という鳥の教員が誕生し、現在、人類外の教員は日本に2羽いる。
そんなことより、あと1週間後には児童がやってくる。
「えっと、まずは、居住区を確認して、教科書を用意して、それから・・・」
することはたくさんある。
でも、最初にすることは決めていた。教室の隅に積まれていた、たくさんの教材の中から漢字ドリルを手に取り、裏を確認する。
「253円もするのか。はい、
この教材の山を片づける。
一つ一つ確認して、机に置いていく。
不安なことはたくさんあるが、それ以上に、新しい児童との出会いに胸を高鳴らせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます