第9話 ごめんなさい
母親からの着信を無視するようになったのは、ちょうど消費者金融からの督促の電話が増え始めた頃だった。スマホに着信がある度に神経がすり減り、もはや画面を見るのも憂鬱になっていた。
水道光熱費はパチンコ代に消えていき、家賃の滞納も三ヶ月近く続いた。《これ以上滞納するようだと強制退去も辞さない》と書かれた督促状がポストに投函されていたが、勿論そんな金は何処にもなかったし、家賃を払うくらいならパチンコにつぎ込んで、勝った金で払うつもりでいた。典型的なギャンブル依存症だった。ギャンブルで勝負をしていると言えば聞こえはいいが、勝つことなんてほぼない破滅への一方通行を歩いているような日々だった。
あまりにも電話を無視し続けた俺に、痺れを切らして、母親が上京してきたことがあった。福岡の片田舎から、わざわざ夜光バスに乗って東京の片田舎まで。俺はそんな母親を鬱陶しいとさえ思った。小言を言われるのが目に見えていたので、最初は居留守を使って顔を合わせないようにした。
親不孝な息子だってことは内心分かっていたけれど、だからこそ面と向かって話をするのが怖かった。
――オカンは俺を心配してくれている。
そんなことは百も承知だった。でも、それを受け入れてしまうと、自分への言い訳を失ってしまう。
「たまたま今は上手くいっていないだけ」
「ギャンブルなんていつでもやめられる」
「若いうちは無茶する方がちょうどいい」
自堕落でクズな自分を擁護するために、適当な言い訳で自分を包んだ。本当にあの状況を抜け出す気なら、なりふり構わず助けを求めていれば良かった。恥も見栄も捨てて、「助けて」と言えばよかった。自分自身ではどうしようもない、それが依存症の怖さだ。
俺の実家には金銭的な余裕なんてないはずだ。東京まで夜光バスを使ったとはいえ、宿泊先なんて決まっているのか?
そんなことを考えると、母親のノックを無視し続けるのも申し訳なく思えてきた。わざわざ自分を心配して上京までして様子を見に来てくれた母親を、あてのない都会に放り出すのはさすがに忍びなかった。
「ごめん」
「蒼天、久しぶり」
三年ぶりに見た母親の姿は、頭のなかで思い描いていたものとは違っていて、白髪が増えて皺が増えて、若干小さくなったようにも見えた。
「蒼天、ご飯は食べてるの?」
「まぁ、なんとか」
「何で電気点いてないの? もしかして電気代払ってない?」
「最近、家に帰ってなかったからさ、だから支払い忘れてたんだ」
勿論、嘘だ。
水道光熱費はパチンコ代に消えた。
「お金、いるんじゃないの?」
「余計な心配すんなよ。そっちだって生活大変なんだろ?」
「ごめんね、仕送りの金額少なくて……」
「気にすんなよ、ありがたく貰ってるよ」
仕送りの金もギャンブルに溶けた。
「とにかく、今夜は泊まって、明日帰れよ?」
「まあ、とにかく蒼天の顔見られて良かった」
「蒼天、辛かったら、苦しかったら、誰かに頼ってもいいんだからね?」
「別に辛くも苦しくもねぇし。気にしすぎ」
辛かったし、苦しかった。
でも、こんなときでも母親の前で強がって虚勢を張ってしまう自分が情けなかった。
翌日、母親は高速バスで福岡へと帰っていった。何も追及されず、小言も言われなかった。全然悪くないのにごめんね、と言い、ただ俺を心配してくれた。
母親が帰ったあと、部屋のテーブルの上に三万円が入った封筒を見つけた。これは絶対にギャンブルには使っちゃいけない。オカンの優しさだから。
そんなことを考えながら、俺はパチンコ屋のホームページを開いていた。そして、舌の根も乾かぬうちに、俺はパチンコ屋に向かっていた。
その数時間後にはいつものように金を失って後悔した。
本当にクズだった。
今でも何も変わってないけど、一言謝りたかったんだ。
ごめんな、オカン。
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