第4話 特殊能力を使いたい

 ギャンブラーズエデンなる異世界に放り込まれて、一時間程経った。キング様とやらに問いかけてみるものの一向に返事はなかった。


 人影もなく、建物も無く、見渡す限りだだっ広い荒野が続いている。


 無性に腹が減った。転生してきたってことは、この世界で俺は生きてるってことだ。腹も減るし、歩けば足も痛くなる。しかし、このままこの場所で立ち尽くしていたって飢え死にするだけだ。転生して、経験するのが飢え死にだけとは、あまりにも最悪過ぎるだろう。


 そういえば、赤鬼は、天国のように楽しい転生ライフか、地獄のように辛い転生ライフのどちらかが待ち受けていると言っていた。特殊能力とやらを貰えた分ラッキーだったが、今のところはどちらとも言えなさそうだ。しかし、ハーレムとは縁遠い世界であることは間違いなさそうだ。


 例によって好きなバンドのアルバムを口ずさもうと思ったが、趣向を凝らして、ライブのセットリスト順に歌ってみることにした。幸い、周囲には誰もいない。さながらカラオケでも歌うように熱唱しながら歩いた。しばらくすると喉が痛くなる。そういえば飲み物も持っていないのだ。熱唱したのは間違いだったと早速、後悔した。


 人間ってそうそう変わるもんじゃねえんだな。前世の俺の二十歳までに染み付いた性格ってのは簡単には切り離せないようだ。生まれ変わってもなお、クズの人生を突き進むのか、それとも、真っ当な人間に変われるだろうか。


 ふと、思った。

 転生って言っていたから、てっきり赤ん坊からやり直すのだと思っていたが、最初から前世の自分と同じくらいの体格だ。鏡がないからどんな顔をしているのかは分からないが、もしかすると前世の俺のままで生まれ変わったのかもしれない。左の手首に見覚えのある傷跡がある。リストカットの跡だ。自殺しようとして死にきれなかった俺の、苦悩の痕跡だ。


 しばらく歩いた。

 喉が渇くので歌を歌うのはやめた。

 二時間近くは歩いたはずだが、風景に変化ひとつ見られない。何も無い荒野が続いているだけだ。このまま歩き続けていても、死ぬだけかもしれない。とにかく何か飲みたい。


 それにしても、与えられた能力ってのはどんなもんなんだろうか。キング……様は何も教えてくれなかったし、歩きながら試してみたものの手からビームが出るわけでもなければ空を飛ぶことも出来ない。魔法も魔術も使えない。特殊能力が備わっているようには思えなかった。


「ああ、くそっ。どうすりゃいいんだよ」


 誰に向けるでもなく、空に向かって叫んだ。遮るもののない空間に、俺の声は反響することもなく消えていくばかりだった。


「おーい、キング、お前何かしってんだろ?」

「おーい、クソキング、答えろよ!」


 もう、『様』をつけて呼ぶのも馬鹿らしくなってきた。せめて、特殊能力の説明だけでもして欲しかった。


「なに、特殊能力の説明をして欲しかったのか?」


 突然、キングの声が聞こえてきた。が、姿が見当たらない。周囲を探すが、それらしい姿はどこにも無かった。


「ここだよ、ここ」


「どこだよ? どこ?」


「足元を見てごらん!」


 言われた通り足元に目をやると、蟻くらいの大きさのキングがいた。つい踏み潰してしまいたくなった。


「君は求めるばかりだ。名前を教えろ、特殊能力を教えろ、どうしていいか教えろ……」


「いや、こんな場所に放り出されて、何も分からずに歩き続けてたら、聞きたくもなるだろ!」


「私は君の名前も知らないんだ。自己紹介くらいしてはどうだい?」


「は? 俺は転生したんだろ? だから名前なんて知らねえよ。前世のでいいって言うんなら、雲外蒼天うんがいそうてんだよ」


「うんがい……うんがいい……運がいい」


「人の名前をいじってんじゃねえよ。そもそも運なんてちっとも良くねぇよ」


「蒼天、君は自分の非を認めることが出来ないようだね。そんなんだからあんなオッサンに殺されるんだよ。ギャンブルに溺れて借金を作って自殺して逃げようとするようなクズだから、お似合いの最期だったけどね」


「おい、キング、知ってんのか? 俺を殺したオッサンのことを」


「おっと、世間話はこれくらいにしといて。蒼天、君の特殊能力について教えよう。君の特殊能力は『ギャンブルーレット』だ」


 ギャンブルーレット?

 なんだそりゃ?


「なんだそりゃ、だよねー。私も、なんだそりゃ、だよ。君ってよっぽどギャンブル中毒者だったんだねー。フツーさ、魔法使いになったり、最強の剣士になったり、賢者になったりするもんなのに。よりによって『ギャンブルーレット』とはねー」


「だから『ギャンブルーレット』ってなんなんだよ? お前はホントに肝心なことは何も教えてくれねーんだな」


「そもそも私にそんな義理はないし。私は単なるキングだ。この世界の観察者だ。多くいる転生者の一人に過ぎない君に構っているほどヒマではないのさ」


 そう言い残し、またキングは消えた。


 ――せめて能力の使い方くらい教えといてくれよ。


「あ、能力の使い方の説明をするのを忘れてたよ。『ギャンブルーレット』の能力を使用したい時は、その左手の傷跡を右手で握りしめてこう言うんだ。『この命を賭して天に命ずる』ってね。その後で何が起きるかは誰にも分かんないよ。私にもね。それじゃあ、元気でやるんだよ。勝ち残ることが出来たら、いいことあるからさっ」


 勝ち残る?

 いいこと?


 聞きたいことはまだ山ほどあったが、最低限、能力についての話を聞き出せたことは良かった。もっとも分かったのは能力の名前が『ギャンブルーレット』ということと、その能力を発動するために、リストカットの跡を右手で握りしめて『この命を賭して天に命ずる』という言葉が必要になるってことだけだが。















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