第3話 新たな世界で
俺は天使のマークが描かれている左の扉を選んだ。振り返った時に、背後で赤鬼が馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。ああ、もしかしたら、また俺はハズレを引いてしまったのかもしれない。
真っ暗な道をひたすら歩いた。光のない暗闇。何処が前か後ろかも分からなくなる。それでも不思議と真っ直ぐに歩いていけるような気がした。どれくらいの時間を歩いただろうか。好きなバンドのアルバムを三枚分くらいは口ずさんだ。かなり歩いた気がしたが、足が痛くなるでもなく疲れもしなかった。そうか、俺はもう既に死んでるんだった。
四枚目のアルバムも半分ほど歌ったところで、一筋の光が差し込んだ。クラクラするほど眩しい。どうやらその光は扉から洩れているようだ。
扉の前まで歩いた。今度は扉は一つしかない。泣いても笑っても、この扉の先で全てが決まるのだと思った。同時に、今の俺が俺でいられる、正真正銘の最後の時なのだとも思った。
さよなら、オヤジ。
さよなら、オカン。
さよなら、クズの俺。
扉を開けると眩い光に包まれた。眩しすぎて、全てが白んでいて何も見えなくなる。俺の体も光に溶けていって、顔に触れている指先ですら視認出来なくなった。ああ、今まさに転生してんだな。俺の体は消えていったんだな。
次第に意識が遠のいていく。ということを考えていることすら認識出来なくなっていく。認識出来なくなっていく、という事実すらも分からなくなっていく。分からなくなっていく、という状況すらもどうでもよくなってくる。
最後に一瞬だけ、強烈な思考が頭をよぎった。
――童貞は卒業しておきたかった!!!!
******
目を覚ますと、俺はパチンコ屋の椅子に腰掛けていた。見覚えのある場所だ。それもそのはず、人生最後の日に過ごしたパチンコ屋だった。
ただ、様子がおかしい。
照明こそ点いていて明るいものの、無音だった。台の電源も入っていないし、他に誰もいない。従業員も客も誰一人いなかった。
見慣れた光景も、こうして見ると不気味に思えた。
「ようこそ、新たなる世界へ」
突然、目の前のパチンコ台に電源が入り、軽快なBGMが流れ始めた。見たことのない種類の台だった。この二年間、ほぼ毎日入り浸った俺が知らない台があるとは思えなかった。やはり異世界なのかもしれない。
「ようこそ、新たなる世界へ。君はこのギャンブラーズエデンに転生してきたのさ」
パチンコ台の液晶に、小さなキャラクターのようなものが映っていて、それが俺に話しかけている。
「ギャンブラーズエデン?」
「そうさ、ギャンブラーズエデンさ。ここは君のようなギャンブラーが沢山、送り込まれてくる異世界なんだ。死んでもなおギャンブラー。君は根っからのギャンブラーってことさ」
「イマイチ分からんが……何をすればいいんだ?」
「まずは君の能力を決めなくちゃいけない」
「ああ、能力貰えるんだな……ラッキー」
「勿論、タダというワケにはいかないよ。さあ、パチンコ台のハンドルを握って」
俺は言われるがまま、ハンドルを握った。しかしパチンコ玉は見当たらない。これでは何も起きるはずがない。
「あの、玉ないと打てないでしょ?」
俺がそう尋ねようとした時に、突然、液晶の映像が動き始め、小さなキャラクターが俺に言った。
「何を勘違いしてるか分からないが、ここは君が元々いた世界とは違うのさ、異世界なのさ。あくまで、君に分かりやすいように具現化して見せてあげているだけなのさ。だからっ!!」
そう言うと、突然パチンコ台が無くなって、座っていた椅子も無くなった。突然の空気椅子に耐えられるはずもなく、その場に尻もちをついてしまった。パチンコ屋だった場所も、気が付けば荒れ果てた荒野のような場所に変わっていた。
「なんだよ? ここどこだ?」
「言っただろ? ここはギャンブラーズエデンさ」
先程までパチンコ台の液晶に映っていた小さなキャラクターが目の前に突然、実体として現れた。だが、サイズはその何百倍も大きくなっていて、消防車くらいの大きさで空に浮かんでいる。
「君の能力はもう既に決まったよ」
「え?どんな能力もらえんの?」
「さぁ、この世界で無事に生き延びてくれたまえ。頑張って生きているといいことあるかもよ!!」
そう言うとキャラクターは消えていった。
結局、なんの能力を貰ったのかも分からない。説明が少な過ぎて、イマイチしっくりと来ない。俺のようなギャンブラーが沢山送り込まれる、ってことくらいしか分からなかった。
――名前くらい、教えろよな
そう頭で思った途端、先程の奴がポワンっと目の前に現れた。今度はボールペンくらいの大きさに変わっていた。
「私の名前はキング、キング様と呼びなさい」
そう言うと、キング……キング様は消えていった。
――いや、だから説明をしてくれよ?
頭でそう思っても、キング様は現れることはなかった。肝心なことは何も教えてくれなかった。
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