第2話 俺はクズです
大学生になって夢中になったのは学問でも恋愛でもなく、パチンコやパチスロだった。その他諸々のギャンブルだった。アルバイトで稼いだ金は、ことごとくギャンブルに消えていった。
友達と遊ぶ金を削って、洋服を買う金を削って、ついには食費を削って、ギャンブルに没頭した。自分の稼ぎでは一ヶ月持たないくらいに負けまくって、それほど裕福ではない実家からの仕送りにも手をつけてしまった。仕送りの入った現金書留の封筒にハサミを入れる時には感謝をするものの、それをスってしまった後は仕送りの額の少なさに文句を言った。
削れるものが何もなくなって、ギャンブルの種銭を用意出来なくなった時に、電気代や水道代やガス代として確保していた生活費にも手を出した。どうせ部屋の中には家電製品は多くないので、電気が消えても大丈夫だろうと思った。水も大学に行けば無料で飲めるし、プール施設を風呂代りにすれば問題ないと思った。ガスなんてそもそも自炊しないんだから、これこそ真っ先に切り捨てておくべきだった。
それらをつぎ込んでも、俺のギャンブル運は一向に上昇気流には乗らなかった。激アツ演出が出ても当たらないパチンコ、俺が選ぶと転覆するボート選手、これは固いという馬券も番狂わせばかり、何枚買ってもカスリもしない宝くじ。
お金は幾らあっても足りなかった。
家賃を滞納して、その金を握りしめてパチンコ屋に行き、夕方前に地面を睨みながら帰路についた。たらればを言えばキリがないが、もしもあのとき大当たりしていれば家賃を払えたのに。もしも宝くじが当たっていればこんな生活から抜け出せるのに。
結局、そんな破滅的な思考パターンのままで、健康的で文化的な生活など送れるはずもなく、ギャンブルをしたいという欲求を満たすためだけの生活サイクルに突入していった。
お金を借りることが出来るという魔法のカードを手に入れて、それを限度額一杯まで借りた。借りたお金もギャンブルにつぎ込んだ。勝てば返せる。返すためには勝たなければならない。一万円はどこまでいっても一万円にしかならないが、ギャンブルで勝てば二万円にも三万円にも、十万円にだって化けるかもしれない。
もちろん、そう都合よく勝てる訳もなく、残るのは後悔と虚無感ばかりで、督促の封筒と債権者からの着信ばかりが増えていく毎日だった。
――こんな人生に誰がした?
そんなことを考えたが、誰のせいにも出来ない。ギャンブル依存が行き過ぎて、友達もいなくなっていた。両親からの着信も無視をし続けた。
つまるところ自分自身で、人生を転がり落ちていったのだ。負け犬の思考、負け犬の一生だ。
督促の着信が日に数十件を超えた頃、俺は死のうと思った。死のうと思って、その前に、最後に一度だけパチンコが打ちたくなった。根っからのパチンカスだ。依存症だ。自分で分かっていても、やめられなかったのだ。死ぬことを決めたくらいで、ギャンブルをやめられるわけもなかった。
死ぬのだから、もう何も必要ない。自宅にあった趣味で買った本や円盤、売れるものは全て売り払って、なけなしの金を作った。
普段、何万円を入れても当たりもしないパチンコが、その時に限ってものの数回転で当たった。使ったのは五百円。死を覚悟して運というものが遂に自分に訪れたのか、夜まで当たり続けた。自分の隣で打っていたオッサンが舌打ちをしながら、俺を睨んでいた。いつもは俺がそちら側だった。羨ましさと嫉妬の入り混じった視線を、俺も他の誰かにぶつけてきたのだ。
大卒の初任給を遥かに上回る額の勝ち分だった。これがあれば人生をやり直せるかもしれない。少なくとも利息分くらいは払える。督促の着信地獄から解放されるはずだ。
遅めの晩飯は、牛丼屋に入った。特盛の牛丼と普段は値段を気にして付けることのないトッピングも一緒に頼んだ。ささやかだけど、幸せの瞬間だった。その時、牛丼屋にあのオッサンがいたことに俺は気付かなかった。
俺が店を出た後、そのオッサンもすぐに席を立った。
初めてと言っても過言ではないギャンブルでの大勝ちに、俺は浮かれていた。地面を睨みながら帰路につくいつもの俺なら、その足音に気付いたかもしれないが、あろうことか鼻歌を歌いながら夜の星を眺めながら、ゆっくりとしたスピードで歩いていたのだ。
暗がりに入ったところで突然、真後ろから声をかけられた。
「あの台は、オレが座ってたんだ。あの大当たりはオレが貰う権利がある」
そこでようやく、パチンコ屋で隣の席に座っていたオッサンが、自分を尾行していたことに気付いた。
「よこせ、金ぇ」
「言いがかりだろ? あんなの、持ちつ持たれつっていうかさ、あんたがあの台やめなきゃ良かっただけの話だろ?」
「うるせぇ、元はと言えば俺の金だ、返せ」
オッサンは俺に体当たりをしてきた。ガタイのいいオッサンの肩に思いっきり押されてバランスを崩した。そして後頭部から地面に転倒した。
グシャッ!
鈍い音と激痛が俺を襲った。
視界がグワングワンと回る。
オッサンが俺のズボンのポケットから財布を抜き取って走って逃げていくのを、ぼんやりとした意識で見つめていた。「やめろ、返せ」と叫んだつもりだが、自分の声を耳で聞き取ることは出来なかった。
「お、オレは悪くないからな!」と捨て台詞を吐かれたのはハッキリと聞き取れた。
人生で初めて大勝ちしたパチンコが仇となって、命を落とすことになるとは、どんだけツイてないんだって話だ。
クズのまんま、死にたくなかったなぁ。
オヤジ、オカン、仕送りしてくれてありがとう。額が少ないなんて文句を言った罰当たりな息子でごめん。
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