第29話 赤ワインは血の色に似ていて……
気がつくと、とろん、と眠そうな目をしたちぃちゃんが隣にいた。
今日何杯目かになる赤ワインをちぃちゃんはゆっくりと飲み干した。
「燐さん、赤ワインお代わり」
「ちょっと飲み過ぎなんじゃないかい?」
燐さんは煙草を吹かしながら言った。
声に呆れと疲れがにじんでいる。
bar梟には能勢とちぃちゃん以外誰もお客はいなかった。平日の午後十時過ぎ。いつもなら閉店していてもいい時間だった。
「いいじゃん、飲ませてよ。最後一杯だけだから、吐かないし、寝落ちないから」
燐さんは、深くため息をついて、冷蔵庫から、取り出した赤ワインのボトルを、ちぃちゃんのグラスに注いだ。
光沢を放つ赤ワインはまるで血のように凄艶な魅力を湛えて揺れている。
ちぃちゃんは嬉しそうにワインを一口飲んだ。
「おいし〜い」
そう言って、カウンターに頬をつけて目を閉じた。
「おいおい、寝ないんじゃないのかい」
「まだ寝てませーん」
ちぃちゃんは、目をつぶったままそう言って笑った。
その時に、ブブブ……と振動音が響いた。
ちぃちゃんが机に置いていた、ピンクの携帯が震えていた。液晶画面には着信を示す文字が表示されている。
ちぃちゃんは少しだけ顔を起こして、携帯の画面を見ると、着信中の電話を切った。
「ちぃちゃん、電話いいの?」
「ん?いいの、いいの。大した奴からじゃないから」
そう言って、頭をカウンターの置こうとすると、携帯が再び振動し始めた。ちぃちゃんは画面を見ずに携帯を切った。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
再び携帯が震えた。
ちぃちゃんは、カウンターから体を起こすと、舌打ちをした。そして、着信中の携帯を掴むと飲みかけのワイングラスの中に入れた。携帯の画面が真っ暗になり、振動は止まった。
「ちぃちゃん携帯!」
能勢は慌てて、ちぃちゃんの手ごと携帯をワイングラスから引き上げた。
携帯から滴り落ちた赤ワインが、カウンターに血痕に似た赤い染みを作った。
「いいの、いいの。うるさいでしょ、こいつ」
ちぃちゃんは、動かなくなった携帯を能勢に見せて、ケタケタと笑った。
「はぁ、今日はもうその子連れて帰りな。ちぃ、あんたちょっと最近変だよ」
燐さんだけがちぃちゃんのことをちぃと呼んでいた。
ちぃちゃんはただヘラヘラと笑うだけだった。
能勢は、二人ぶんのお金を払って。ちぃちゃんを連れてbar梟を出た。
【長編・連載中】時が止まって夢をみる 鈴木魚(幌宵さかな) @horoyoisakana
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