第23話 あの日、私はちぃちゃんとライブに行った。

 その日、能勢はちぃちゃんと一緒に、ちぃちゃんの彼氏が出るというライブを見に行った。

 ギターケースを担いだバンドマン達が行き交う狭い商店街の入り口で待ち合わせをして、坂を下り、裏路地に入った先のライブハウスに向かった。

 夕方と夜が混じりあったような時間で、街灯の明かりには羽虫が群がっていた。

 ライブハウス前のコインパーキングでは若い金髪の男性が、吸った煙草をコーヒーの缶に押し込みながら、虚な目で携帯をいじっていた。

 情熱と惰性が入り混じった気だるい空気がこの街全体を覆っているような気がした。

 ちぃちゃんは能勢の隣でつまらなそうに欠伸を繰り返していた。ライブハウスの受付で関係者を名乗ると無料で入場することができた。

 会場に入った時には、すでにライブは始まっていて、ムッとする熱い空気がライブフロアに充満していた。爆音の音楽がホール内に響いている。

「下手くそ」

 ちぃちゃんは、演奏していたガールズバンドを一瞥して呟くとステージに背を向けて、ドリンクカウンターの方にフラフラと進んで行った。能勢は、慌ててちぃちゃんのあとを追った。

 ちぃちゃんは生ビール、能勢はハイボールを頼んで、ステージから離れた椅子に座った。

「多分この次だと思う」

 ちぃちゃんは興味なさそうに言った。

「バンド嫌いだっけ?」

「ううん、好きだよ。でも身内しかいない下手くそなバンドは嫌い」

 ちぃちゃんは、頬杖をついてステージを見ている。

「少しは楽しませようとしてほしいよね」

 ちぃちゃんは自嘲気味に微笑んだ。

 演奏が終わり、ちぃちゃんの彼氏がいるバンドの演奏になった。

 疾走感のあるイントロが流れ出す。

 前奏の途中にボーカルがバンド名叫んだが、音が割れてよく聞き取れなかった。さきほど演奏していたバンドよりはうまかったが、具体的に何が違うのかは能勢にはわからなかった。

 隣のちぃちゃんを見ると、相変わらずつまらなそうに、ステージを見ている。

「彼氏さんはボーカル?」

「そう」

「いい感じじゃない?」

「ベースとドラムの人がうまいからだよ」

 能勢はちぃちゃんをまじまじと見つめた。

 きめの細い白い肌に、ステージの照明が反射している。妖艶で、儚げで、あの日見たちぃちゃんと同じなのに、横顔はどこか悲しそうだった。

「なんかあった?」

「ううん、別に」

 ちぃちゃんは軽く首を横に振った。バンドの一曲目が終わった。軽いチューングと、エフェクトの変更をして、二曲目が始まった。

「能勢ちゃん、もう出ようか」

 二曲目の間奏中にちぃちゃんが突然言った。

「え、まだ演奏の途中……」

「ごめんね、聞いていられなくなっちゃった」

 ちぃちゃんは小さく笑った。なぜか、その笑顔が泣いているよう見えて、能勢は咄嗟に何か言わなきゃと口を開けたが、言うべき言葉が見つからず、音にならない空気を吐き出しただけだった。

 ちぃちゃんは、もう一度、ごめんと呟くと、能勢に背を向けて、ライブハウスから出て行ってしまった。

 ちぃちゃんと友達になれたと思っていたけど、ちぃちゃんの中には能勢を隔てている見えない壁がある気がした。

 ちぃちゃんの後を追いかけていいのか?追いかけたところで何を話せばいいのか?能勢は何もわからず、ただ右の拳を抱きかかえるようにして強く握ることしかできなかった。

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