第21話 夢の跡
「頭痛った」
床にちぃちゃんは寝ながら、海老のように体をくの字に折り曲げていた。額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「飲みすぎた」
能勢は天井を見上げて浅く、荒い呼吸を繰り返す。何度目かの二日酔い。視界はぐるぐる回っている。辛くなって、目を閉じたが、暗闇でも視界は回り続ける。
「もう二度とお酒は飲まない」
ちぃちゃんが小さな呻き声を漏らしながら苦しそうに言った。一昨日も同じことを言って、公園の植え込みにしゃがみ込んで吐いていた。吐いているちぃちゃの背中をさすっているうち能勢も吐き気が伝染して、排水口で吐いた。
なんでこんなに飲むんだろう。美味しいのは初めの数杯で、残りは味なんてわからなくなる。
アルコールが体内を巡り、記憶は曖昧になる。視界は歪み、このまま死んでしまいたいと何回も思った。
酔っ払って何もわからないうちにこの世からいなくなりたい。
でも結局は死ぬのが怖くて、大通りを千鳥足になりながらいつも家に辿り着く。
川に行こう、裏路地に入ろうと誘うちぃちゃんをなだめて、毎回きちんと能勢は家に帰ってくる。
死にたいのか、死にたくないのかわからない。
死にたいんじゃない、生きている意味がわからないんだ。生きている意味を教えてほしい。こんな自分にもわかるようにちゃんと始めから、教えてほしい。
「能勢ちゃん、ごめんトイレ借りる。吐かせて」
ちぃちゃんは床を這うようにトイレに向かっていく。
能勢は、枕元の携帯にイヤホンをさして、曲名も見ずに、音楽をかける。ちぃちゃんの声が聞こえないように音量を上げた。
流れた始めのは昔流行ったインディーズバンドの曲だった。生きろ!とバンドのボーカルが歌っている。うるさい。心の中で呟くが、今日はそのままかけ続ける。
希望とか夢を歌うバンドに高校時代のことを思い出す。
あのとき夢見た大学生活ってこんなだったのだろうか?
その時、急に鳥肌が立ち、体から汗が吹き出し始めた。外着のままのブラウスが一瞬で湿っていく。
苦しい。
そう思うと口の中にじゅわとしょっぱい唾液が溢れ出した。
まずい。
能勢は、ベッド脇のゴミ箱を手に取り顔を突っ込んだ。
途端に苦味が喉からせり上がり、酸味を含んだ胃液が口に逆流する。
今日食べたものが、飲んだものが、全てゴミ箱の中に吐き戻された。
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