第20話 終わりの朝

「私、大好きだったんです」

 なつみは、トーストにジャムを塗りながら言った。

 能勢は、目玉焼きに麺つゆをかけながら、なつみの話に耳を傾ける。

「昨日がツアー初日で、半年かけて全国を回るって言ったのに。急に解散なんか言われて……」

 バンドのことを話すなつみは泣きそうになっていた

「涙が止まらなくなって、全部どうでもよくなってしまって、瓶のお酒を一気飲みしたんです。私、お酒全然強く無いのに。それで急に眩暈がして……。本当バカみたいですよね」

 目に涙を溜めたまま、なつみは引きつった笑みを浮かべた。

 自暴自棄になるほど好きという感情が能勢にはいまいちわからなかった。でも、昨日のライブハウスの有様を見れば、なつみがどれほどそのバンドのことを思っていたのか十分に想像はできる。

「くだらない理由ですみません。朝ごはんありがとうございます。いただきます」

 なつみは真面目に手を合わせてから朝食を食べ始めた。涙がひとしずく、頬を伝って、床に落ちた。

 能勢はそんななつみの顔から、しばらくの間目を離すことができなかった。


「駅まで送ってもらってありがとうございます」

 なつみは改札口で能勢に会釈をした。

 もう少しゆっくりしていってほしいと能勢は思ったが、なつみをこれ以上引き止める理由がなかった。連絡先を交換し、たわいもない会話をしながら家を出ると、あっという間に駅についていた。

「能勢さん、また連絡してもいいですか?」

「もちろん、いつでも」

「ありがとうございます。改めてお礼と謝罪をさせてください」

 なつみは笑顔で手を振り、改札の人混みに消えていった。花のようなという言葉が似合うそんな笑顔で、寂しさが、じんわりと能勢の胸に広がった。

 まだ、日も高いし、どこかに寄ってから帰ろうか。そんなことを考えていると、ポケットに入れた携帯が震えた。店長からのメッセージだった。


『能勢ちゃん、昨日はお疲れ様。女の子大丈夫だった? 』


「あ」

 店長に連絡するのをすっかり忘れていたことに今さら気が付いた。


『ありがとうございます。大丈夫です。先ほど、無事女の子帰宅しました』

『おーお疲れ様。ありがとね。厄介なこと任せちゃってごめんなー』

『そんなことないですよ。こちらこそご迷惑おかけしました』

『いやいや、迷惑なんてかかってないよ。あと、バイト代は、週末には振り込んどくから。また頼むね』

『わかりました』


 能勢は携帯をポケットに戻した。

 ひとりぼっちのような気がしていた。自分は孤立した人間だと思っていた。でも、そうじゃないのかもしれない。

 人と関わり、認識されて初めて人は人として生きていけるのではないだろうか。

 見上げた空は高く澄んで、どこまでも青かった。

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