第14話 私をつなぐもの
突然、ピロリンと携帯の通知がなった。
すでに窓の外の日は落ちて、夜が近づいてきている。
能勢はベッドから起き上がるとイヤホンを外し、カーテンを閉めた。
携帯の通知は店長からの返信だった。
『能勢さんへ。返信ありがとうございます。
土曜日の十六時に事務所集合でお願いします!
簡単な打ち合わせをしましょう。
他に不安な点等ありましたら連絡ください。本当にありがと
う。』
能勢はやることができてホッとしている自分に気づいた。
何もない時間はマイナス思考に押し潰されて、窒息しそうになってしまう。
能勢は、携帯を充電器に刺すと、夕飯もシャワーも浴びずにそのまま眠った。
目をさますとお昼だった。
カーテンが陽の光で、黄色く発光しているように見える。
昨日散々寝たはずなのに、ぬるま湯の中を漂うように惰眠を貪ってしまった。
自己嫌悪をため息と一緒に吐き出して、起き上がる。
薄っすらとした倦怠感が身体にまとわりついている気がした。
能勢は体を引きずるようにして、お風呂場に向かい、軽くシャワーを浴びて、中学時代の小豆色のジャージの上下に着替えた。
当時はダサすぎて死ぬほど嫌いだったジャージだが、部屋着にするとこれほど快適なものはなかった。
少しだけ体が軽くなった気がしたので、能勢は調子にのって遅すぎる朝ごはんを作ることにした。
大きな鍋にお湯を沸かし、百均で買ったパスタを入れて茹でる。パスタ同士がくっつかないように軽く塩を振り混ぜる。
茹で加減を見ながら、硬さがアルデンテぐらいになったところでザルにあげて水分をよくきり、賞味期限が迫っているオリーブオイルをパスタ全体になじませた。
缶詰のミートソースを湯煎して和えれば出来上がり。
二人前作ってしまったので、半分は、夕飯にしようとラップをかけて冷蔵庫にしまった。
気がむいたので軽くメイクをすることにした。
最近は昼間に外に出る気力が沸かず、ほとんどメイクをしていなかったなぁ。
能勢は化粧ポーチをベッドサイドのローテーブルに置き、メイク用の鏡を出した。
鏡の中に映った能勢が、能勢を見つめ返している。
メイク用のポーチから、化粧下地、日焼け止め、ファンデーション、コンシーラーと次々に化粧品を取り出していく。パフで粉を塗して、アイライナーとアイシャドーのパレットを出した時に、そういえばしばらく前から新しい化粧品を買っていないことに気付いた。
前までは暇があれば通っていたセレクトショップや古着屋に行かなくなってからどのくらい経っただろう?
昔あったはずの色々なものに対する興味が、なくなっているような気がした。
また気持ちが落ちそうになって、能勢は頭を振って嫌な思想を脳内から追い出した。そうだ、せっかくメイクしたのだから、少し出かけてみよう。それがいい。
能勢は急いで残りのアイメイクを終わらせると、軽くチークを乗せて、リップを塗った。
部屋着のジャージからデニムのパンツと黒のパーカーに着替え、髪は一つに括ってキャップを被った。ドアを開けて家から出ると、湿気を帯びた重たい空気が街を覆っていた。にわか雨があるかもしれない。
三階から見下ろした眼下の道路ではせわしなく人や車が行き交っている。世界は今日も狂うことなく動いている。
能勢はエレベーターで一階まで降りると、向かいの角にあるコンビニも向かった。
コンビニの中はクーラーが効きすぎるぐらいに冷えていて、寒さに震えながらも、能勢はバニアアイスを買って店を出た。
アイスの入ったビニール袋を揺らしながらマンションに戻る途中、すれ違ったスーツ姿の男性は携帯電話で必死に誰かに向かって謝罪をしていた。なぜか罪悪感がチクリと胸を刺した。なぜか急に誰かに謝らないといけないような気がしたが、誰に謝ればいいのかわからなかった。
能勢は部屋に入ると、壁際のメタルラックに凭れながらアイスを食べた。
ボーと見上げている窓越しの青空を飛行機が白い境界線を引きながら横切っていく。
早く土曜日にならないかなと思う。
今生きているのは、土曜日にバイトがあるから。ただそれだけなんだ。能勢は小さくため息を漏らした。
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