第4話 出会い
「もっと声出せー!」
雑居ビルの地下にあるライブハウスで学生バンドのボーカルが叫んだ。
それに合わせて、さっきまでステージで歌っていたバンドのメンバーがフロアから声援を送っている。
純粋にライブを見に来たお客なんていないような学生サークルのブッキング。
太陽の光も、夜の闇も届かない防音の密室に音が飽和している。
先輩の口利きでタダで入場はできたのはいいが、内輪ノリと情熱の量だけでかき鳴らされる音楽に疲れて、能勢はバーカウンター横にあるソファーに座って、ぼんやりと名前も知らないバンドを見ていた。
もう帰えろうかなと腰を浮かしかけたが次に出て来たガールズバンドが有名な曲のカバーばっかり演奏するので、なんとなくそのステージだけは見ようと座り直した。
その時、隣のソファーが沈み、誰かが座った気配がした。
ふわっと、ピーチキャンディの匂いが漂った。
「下手くそばっかりね」
隣から聞こえた独り言にしては大きすぎる声に能勢は思わず、振り向いてしまった。
ブラウンの髪に、インカラーで緑色を入れた端正な顔立ちの女性が足を組んで座っていた。
ゆったりとした黒のトレーナーに、赤いギンガムチェックのロングのスカート。
足を組んでいるため、スカートがめくれ上がり、細く白い足首が見えている。。
ライブハウスの薄闇の中で、その女性の横顔はステージの照明を反射し、光っていた。
「あ、ごめん。目当てのバンドとかいた?」
能勢の視線に気づいて、女性がこちらを見た。
アーモンド型の意志の強そうな瞳が能勢を見つめていた。
白い肌には朱が差していて、小さな口から漏れた言葉は、酔っているのか不思議な熱を帯びている。
能勢は思わずドキッとしてしまった。
「いえ、全然。先輩に連れて来られただけなので。」
絞り出した声は少し上ずってしまって、能勢は恥かしくなった。
「そっか、なら良かった」
女性はそう言って微笑んだ。思わず見とれてしまうような、色っぽい笑みだった。
「私、旭ヶ丘大学の鈴木千尋。みんなにはちぃちゃんて呼ばれているの。あなた、名前は?」
女性は能勢を見つめた。
瞳の奥、さらに深い黒い部分がトロンと潤んでいる。
能勢はそれを直視できなくなって、目線をそらした。
「鳴滝大学の、の、能勢みなみて言います」
言葉が喉に引っかかって、うまく出ない。顔が熱くなる。
「能勢ちゃんね。うん、可愛い。能勢ちゃん、このあと暇?どこかに飲みに行かない?」
鈴木は身を乗り出し、能勢に顔を近づけた。
ピーチキャンディの匂いと一緒にココナツの甘い匂いがした。
とろけるような瞳の黒と、甘い匂いに脳が揺さぶられるような気がして、気づいた時にはもう頷いていた。
それが、鈴木千尋、みんなからちぃちゃんと呼ばれる女性との出会いだった。
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