第12話本気の一撃

 オルタ、大丈夫か?」

「……あぁ、問題ない。封魔術結界で魔術が使えなくなっているだけだ」

「らしいな。……だが、何か策があるんだろう?」


 探るように、レヴィはオルタに聞いてみせた。それを受けたオルタは、特に驚いた様子もせず、淡々と話し始める。


「この封魔術結界。確かにリッチーが張ったものということもあり強力だ。だが、俺に突破できないわけじゃあない」

「そうなのか?」


 すると、オルタは小さく頷いた。


「封魔術結界ってのは、かなり特殊で繊細な術式を用いる。それもあって“強大な魔力“を受けると、抑え込めずに魔術を封じられなくなる」

「つまり……封魔術結界の限界を超えた魔力を練り上げれば……」

「あぁ、それで、さっきから俺は魔力を練り続けているんだ。……だがまだ時間がかかる。せいぜい後数分程度だが、されど数分。大きな魔力を練っていれば、いやでもリッチーは俺の狙いに感づく」


 そこで、オルタはレヴィの方を見た。少し不安の入り混じったような視線で、これからいうことをたっ目らっているようだったが、意を結したように彼女の目を見た。


「……必ずやつは俺に一撃を見舞ってくる。だから、その一撃を防いでほしい。……かなり酷な内容ではあるが」


 だが、レヴィはそれを気にせず笑って返す。


「まかせろ。もとより、私は紫雲の代わりとしてオルタを守るために戻ったんだ。それくらい、安いさ」


 そう言って二人が紫雲とリッチーへと視線を戻すと、今もなお苛烈な攻防を続けている二人がいた。

 肉薄する紫雲。刀を振るうも、リッチーの結界が阻む。妖刀がそれを断ち切っても、わずかに届かない。リッチーも魔術をいくつも同時に展開している。常に十数の魔術は降らないほどの魔法陣が宙に描き出され、その悉くを紫雲が斬り伏せる。


 レヴィの背後ではオルタが静かに魔力を集中させて準備を整えつつある。その魔力の強大さは、魔力の扱いに乏しいレヴィでも肌で感じることができた。とてつもない魔力が彼に蓄えられつつある。そんな予感を感じ取りながら、警戒を強める。既にリッチーがオルタの企みに気づいていてもおかしくないからだ。


 そして、その予感は的中する。一度リッチーが魔法陣の展開を止めると、紫雲へあらためて向き直った。


『…………さて、それではそろそろこの妖怪を退治するとしよう。この無駄な攻防にも、決着をつけてやろう』

「できるものならな。どんな魔術であっても、わしの半身『雨切』がことごとく斬り伏せてくれるわ」

『らしいな。どうやら、上位魔術だろうと最上位魔術だろうと、貴様の依代に宿った妖力というのは、ワタシの魔術を砕くらしい。…………だが』


 そう言って、リッチーは魔法陣を展開した。自身の手のひらに現れた紋様を、紫雲へと向ける。


『貴様が斬れるのは、あくまで貴様が見ているだけの魔術だろう?』

「何が言いたい」

『簡単な話さ』


 ふっと、リッチーの手のひらにあった魔法陣が消えた。


『——知覚できないものは、捉えられない。見えないものを斬ることはできない』


 その光景に見覚えがあるのか、レヴィが訝しげに睨んだ。

 ……そして、思い出す。その不可思議な魔法陣の行方を。


「紫雲——!」

『遅い。上位合成魔術——『隠者の口寄せ』』


 レヴィの仲間の魔術師が使ったこともある“ステルステレポート“。魔法陣も、魔力も、何もかもを隠蔽し、対象を瞬間転移させる術式。その効力はレヴィが知っている。何せ、あのリッチーの魔力探知をくぐり抜けて逃げることができたのだ。そのステルス性能は折り紙付きと言っても過言ではない。


“紫雲は空中へと放り出された“


「っ……!?」

『空中では満足に刀を振るえまい。最上位合成魔術同時展開——『舞姫』』


 展開された魔法陣が紫雲を覆い隠す。あまりの量に、強い光で空間が塗りつぶされる。もはや回避は

 不可能。迎撃に移ろうにも、空中では刀を振るうに振るえない。


『……そして、そこでコソコソと何かを企んでいる貴様にもだ。上位合成魔術——『氷炎銃剣』』


 オルタとレヴィに向けて展開される氷の剣と炎の砲身。照準はしっかりと二人を向いている。


『さぁ、どうする』


 紫雲とレヴィたちへ、魔術が発射された。紫雲の様子は伺えない。あまりに発動された魔術が多すぎる。眩い光が彼を包んだ。

 レヴィはすぐに防御の体制をとるが、彼女の剣では斬れないほどの攻撃だ。どうにかできるわけでもない。


「グレイブ流——『飛燕斬り』」


 技を放つ。氷の剣を撃ち落とすため、剣戟を放つも、無駄だ。

 高出力の魔術に彼女の剣は押し負け、リッチーの魔術をその身に受けた。


「ぐっ…………あ……」

「レヴィ……!」

「かまうな……!早くしろ!」


 火傷も負い、ボロボロになりながらもオルタの前に立ち塞がって一歩も動かないレヴィ。


『……ふむ、ならば、もう少し出力を上げよう。最上位合成魔術——『黒雷撃槍』』


 また、魔力がリッチーの元へと集まる。強大なエネルギーの集合。そして奴の手元に現れたのは、巨きく、そして黒い稲妻を纏う漆黒の槍。雷属性の魔術を合成している影響か、その槍の形は不定形。それが、その槍の威力を未知にしているようで恐ろしい。


 そして、その攻撃を防ぎきれないことをレヴィはもちろん、魔力を練り上げているオルタも感じていた。

 明らかな殺意の塊。死の象徴。それが目の前にあった。


「グレイブ流——…………」


 剣を構えて、静かに下ろした。もはや抵抗する気もないということなのか。

 ……しかしそれも無理はない。魔術の使えない剣士は、究極まで上り詰めてもたかが知れている。

 結局、できることは“可能“の範囲にしか留まらない。“不可能を可能に転じる“魔術に対して、剣が超えることなどありはしない。


 ——ただし、それが本当にただの剣士であったならの話だが。


「……“異常魔力“——」


 神経を集中させる。全ての精神を魔力回路に集中する。

 この状況を打破するには、賭けるしかないのだ。異常魔力という、彼女のもつチップに。

 だが簡単には魔力を使うことができない。独特な魔力回路、異常な魔力の波長。その特性は多の魔術に干渉し砕きうるものである。


 ——思い出せ、昨晩の記憶を。呼び起こせ、昨晩の感覚を。

 魔力回路から魔力が無理やり吸い上げられたあの感覚。己の内を擦りながら通り抜けていく強い力の存在を掴め。


『補助魔術——『加速』『追尾』『殺傷強化』『爆裂』……さて、これで終わりにするとしようか』

「……はっ、もう勝った気でいるのか」

『厄介な妖怪は空に舞い、そこの魔術師は魔力を練り上げている最中……残ったのは魔術を使えない剣士一人。貴様があの妖怪のように戦えるなら話は別だが……もう、体も限界だろう』


 その通りだった。リッチーとの戦いで、既に体力を消耗し、オルタを守るため身を挺して魔術を受けた。

 立っているのがやっとだった。


『最後くらい、楽に死なせてやろう。——『神速 黒雷撃槍』』


 リッチーの槍は、レヴィに向かって放たれる。

 まだ、レヴィの魔力は引き出されていない。


「………っ!」


 そこで、オルタが彼女に手を伸ばした。


「——頼んだ」


 その言葉と同時に、レヴィに槍が届いた。


 ——そのはずだった。


『……馬鹿な!?』


 リッチーも驚きを隠し得ない。理由は単純、あの女剣士レヴィが黒い槍を止めていたからだ。

 凄まじい衝撃波を生みながら、投擲された槍と彼女の剣が競り合う。

 彼女の剣が、剣の極致が魔術の極致に肩を並べたのだ。


『一体何が…………なんだ、この、衝撃に混じって流れてくる不快な魔力は……!?』

「私の魔力だよ……!リッチー!」


 激しく衝突する力の中で、レヴィは叫んだ。重い槍をその剣で受け止めながら、足に力を込める。地面に足がめり込み、つま先は土を掘り出す。オルタを守る一心で、絶対に守るという固い意志で、彼女は立っている。


「…………っらぁっ!!」


 思いっきり、彼女は剣を弾いた。槍を粉砕することは叶わなかったが、その動きで槍の軌道がわずかに逸れる。

 後ろにいるオルタを掠めながら、槍は通り過ぎて爆ぜた。


『そんな……あり得ない!ただの剣士がワタシの魔術を弾くなど!?』


 リッチーが動揺した一瞬。その瞬間をレヴィは逃さなかった。


「オルタァァァ!!」

「——まかせろ。準備は整った」


 瞬間、オルタから溢れ出る強大な魔力。その力の大きさに、封魔術結界も機能していない。彼の魔力を抑えるに至っていないのだ。大気が揺れ、溢れる魔力は彼の命令を待つように震えていた。

 そして、その力の兵隊にオルタは指示を出す。


「最上位合成魔術同時展開——『煙火灰燼』『風魔狂雷』!」


 十数の魔法陣が空中に展開される。照準は全てリッチーに向き、力が集約する。

 だが、リッチーもただで食らうわけではない。


『ぐっ……最上位結界魔術多重展開——『虚の華』!』


 超高硬度の結界……否、防御ではなく削り取る結界。相手の魔術に有る魔力そのものを虚空へと向かわせる“呑み込む結界“。放たれる魔術の強さなんて関係のない最強の結界だ。


「おい」


 しかし、その最強の結界は、あっけなく崩落していった。

 ——その背後から突き立てられた刀によって。


「わしを忘れてもらっては困るな。のう、リッチーよ」

『なぜだ!?貴様、確実にあの魔術の嵐の中にッ……』

「あの程度、さして問題でもないわ。体勢がどうのといえど、刀は振るえる。それに、傷を負ってもわしは妖怪じゃからな。妖力ですぐに補える」

『この……妖怪風情がァァァ!!』

「妖怪風情を甘くみたむくいじゃよ」


 そう言って、紫雲は刀をリッチーに突き立てた。串刺しにするように、リッチーの肩を貫いている。


「やれ!わしは問題ない!こやつの核を撃ち抜けよ!」


 そう紫雲が叫ぶと、オルタは言われるがまま、魔術に手を施す。


「……魔法陣収束。形態モード『狙撃』」

(魔法陣を細く絞って力を集中させる技術!?あの男、それすらも可能なのか!それもあれだけの魔法陣を重ねられたのなら……!)


 内心、リッチーは焦る。そしてそれは身体にも表れていた。手が震え、必死に紫雲の刀から脱しようともがく。

 だが、それは叶わない。


「終わりじゃよ。貴様の負けじゃリッチー。あの世で魔術の研究ができたらいいな」

『この刀さえ……この刀さえなければァーッ!』

「恨み言か?妖怪のわしにはちっとも響かんな」


 そして、オルタは放つ。

 彼の全ての魔力を注ぎ込んだ、最大の一撃を。


「最上位合成魔術同時展開——『狙撃 灰燼狂雷』」


 その一撃は、紫雲もろともリッチーを貫いた。

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