第11話レヴィの覚悟

「紫雲、私が、やつと戦う」

「……お主」


 過去を噛み締め、レヴィはリッチーを見据える。

 現状を鑑みれば、レヴィが前線でリッチーと戦うというのは得策だった。

 オルタは封魔術結界の影響で満足に実力を発揮することができない。致命的なのは、防御用の結界を張ることができないこと。それはつまり、自身の身を危険に晒すことに他ならない。


 既にリッチーの放つ強大な魔術を防御する手段は紫雲のもつ妖刀のみに限られた。


 紫雲を前線に立たせれば、レヴィはオルタを守れない。

 オルタを失えば、支援魔術を受けられなくなるレヴィがジリ貧に。


 ならば、封魔術結界が展開されている間、紫雲がオルタを守り、レヴィが戦う他ないのだ。


「貴様は下がっていろ。あの程度、わし一人で戦える。そのうちにそこの男を引きずっていけ」

『無駄だ。既に封魔術結界に重ねるようにもう一つの結界を展開した。逃げることも不可能よ』

「ちっ…………」


 紫雲が提案する最善手も、既に対策済み。


「……そういえば、なぜ奴はこの結界の中で魔術を使えたんじゃ。そのカラクリをとければ……」

「無理だ。封魔術結界は、術者の魔力を参考に魔力のフィルターを作るようなものだ………当人の魔力か、当人からマーキングでもされない限りはこの結界を無視することはできない」


 今度はオルタからの説明があった。声には絶望の色が滲んでいる。


「言ったろう。私が立つしかないんだ。……それに、私には戦わなければならない理由がある。だから頼む。私に任せてくれ」

「…………好きにしろ」


 そう言われると、満足そうにレヴィは腰にぶら下げている鞘から剣を抜いた。

 一度大きく呼吸をして、静かに正面に構える。狙いはリッチー胸元のコア。薄く開いた瞳で、青白いその部分を見つめていた。


「グレイブ流———」


 つぶやくと、彼女の姿は消えた。一瞬にして、リッチーの元へと駆ける。


「『狼顎』……!」


 跳んで、リッチーを噛み砕くように現れる上下四本の剣筋。剣術、燕返しよりも数段早い剣戟。二撃ではなく倍の四撃。

 しかし、その同時とも言えるレヴィの剣は、結界によって防がれる。


『合成魔術———『凍てつくかまいたち』』


 即座にリッチーが魔術を発動。現れたのは同じく上下四本の刃———かまいたちだった。

 すぐさまレヴィは剣で応じ、その全てを弾いた。

 …………しかし。


「っ…………」

『水属性と風属性の合成だ。かまいたちそのものを防ごうとも、掠れば氷が這い、体温を奪う———フィジカルを売りにする剣士にとって、身体機能の低下は致命的ではないのかね?』

「…………うるさい。グレイブ流———『飛燕斬り』」


 空中で身を捻って放った技も、リッチーの結界に止められる。詠唱していない様子を見ると、さして強力な魔術ではないようだ。

 しかし、それでもその結界に亀裂を入れることが精一杯で、レヴィはそのまま着地する。


『貴様だけではつまらないな。……最上位合成魔術同時展開———『跳ねる光玉』』

「っ…………!?」


 詠唱を聞き、すぐに剣を構えるレヴィ。しかし、リッチーが手をむけている方向を見てすぐさま気がつく。

 ——狙いはレヴィのその奥。オルタと紫雲。

 はっとして振り返ると、既に紫雲らの周りには大量の魔法陣が形成されている。数にして三十はくだらない。

 レヴィが受ければ必死の数量を誇る最上位魔術の群れが襲い掛かろうとしていた。


「…………前を見ろ、女」


 そういうと、紫雲は刀を振るった。だが、それでも多量の魔法陣を全て斬り伏せるには至らない。残った魔法陣全てが起動して、淡く虹色に光る弾を打ち出す。


『踊り狂え。その結界の中で』


 高速で動き回る魔術の弾は、透明な壁に反射して再度紫雲とオルタに襲い掛かる。

 弾丸が描いた軌跡は、やがてドーム状に造られた結界を浮かび上がらせるほどに苛烈さを増していく。

 魔術の嵐。それが、小さな結界の中で巻き起こっている。

 だが、レヴィはそれを考えるよりも戦わねばならない相手がいる。

 彼女もそれを強く自覚し、リッチーへと向き直る。


「グレイブ流——!」

『上位合成魔術——『鳴吹雪(なるふぶき)』』

「ぐっ…………!」


 つんざく様な冷たさと、走り抜けるような電撃の痛み。

 着実に、リッチーはレヴィの体力を削っていく。

 しかし、レヴィも怯むことはない。固い意思を持ってして、この魔物とは決着をつけなければならない。


 地をかけ、リッチーと肉薄し、剣を振るう。そしてその度に剣戟の全てを弾かれる。

 横に、縦に、上から、下から、ありとあらゆる戦術を持って、リッチーへと向かっていく。


「グレイブ流——『爆ぜ鼬』!」


 何度も技を放つが、防がれる。グレイブ流の持つ技を片っ端から試していっても、結局防がれる。

 それもそのはずだ。グレイブ流は歴史ある剣術流派。歩く図書館とも形容できるリッチーが、魔術のみならず剣術への知識が豊富であってもおかしくはない。

 それに、レヴィは剣を防がれすぎた。ありとあらゆる剣技を放つ度、リッチーの結界がそれを受け止めて学習する。いくら彼女が優れた剣士だと言っても、限界があった。


『上位炎魔術——『火炎重砲』』


 優れた剣士にも、体力の限界はある。それこそ、相手の魔術をどうにもできなくなるほどに。

 足が止まった瞬間に放たれた、リッチーの攻撃。レヴィにかわせるはずもない。


 ——横を駆け抜ける何かがいた。


「さっきは随分派手な攻撃を見舞ってくれたなぁ?のうリッチー」

『ククク……やはり貴様が邪魔をするか、妖怪。一方的な戦いというのも、面白くないものだ』


 青く燃える砲弾を斬ったのは、紫雲。あの嵐の中を無事に切り抜けて出てきたらしい。目立った外傷もなかった。

 すると、紫雲がレヴィに顔を寄せて、リッチーには聞こえぬように囁いた。


「……女」

「なんだ……?」

「あの男が、何か企んでおると言っていた。…………交代じゃ。お前がやつを死守しろ」

「…………あぁ、すまない」


 そう言って、レヴィは申し訳なさそうに顔を曇らせてから、オルタのところへと飛び退いた。

 それを見届けると、紫雲はリッチーに向き直る。


『ワタシは貴様と戦いたかったぞ、妖怪よ』

「わしは眼中にもなかったな。ガイコツよ」


 刀を、リッチーへと向ける。


「…………じゃが、相手になろう。わしも魔術には多少興味がある。——魔術の真髄を見せてみろ」

『いいだろう。……最上位合成魔術——『神の横槌』』


 展開される二つの魔法陣。やがて作り出した光の柱は、地面を薙ぐ様にして紫雲に向かう。


「この程度では無駄にしかならんぞ」


 そして、紫雲は一太刀で二つの柱を断ち切ってみせた。

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