第9話 VS魔術の王

灰色の空が広がる朝。陽の光は雲の向こうに隠れ、どことなく不穏な空気が流れていく。

場所は平原の丘、大図書館跡地。過去、長い歴史と共に集められた本の数々を誇った大図書館も、今となってはすでに過去の物語。

外壁のほとんどは朽ち落ちて、どこの面を見ても大きな穴が目立っている。屋根も老朽化の影響で、もはや雨や陽の光を遮る機能は果たしていない。

滴る雨水と、差し込む日光、さらには強風にもさらされ、中に残っていた本もすでに読めるような状態ではない。


———大図書館、ホール跡地。

この大図書館には、他の部屋よりも一際大きな作りをしているホールがある。

その中央、そこにたった一つの髑髏しゃれこうべが置かれている。


「さぁ、さっさと起きろリッチー。こっちはもう準備ができてるんだ」


その置かれた骸に、オルタは声を飛ばす。自身に満ちた声で、すでに勝利を見据えたような確信を持って、彼は言った。


すると、その声に呼応するように髑髏は禍々しいオーラを放ち始めた。


ドス黒い魔力の奔流ほんりゅう、まだ魔術の一つすら使っていないにも関わらず感じられる魔術師としての格の違い———いや、もはや次元と違いと言えるほどに、かけ離れた魔力量。

嵐のような魔力の奔流が引き起こされる中、ホールの中心から———あの髑髏から聞こえる声がある。


『目覚めが悪くて申し訳ない。———礼にこれでもくれてやろう』


黒い魔力の嵐の中、紫雲しうんは誰よりも早く上空へ顔を向けた。

荒れ狂う大気の渦の中心———そこには巨きな魔法陣が展開されていた。

紋様は今まで見てきたものの中でも最も複雑かつ、最も整然としていた。一つの大きな魔法陣に少し重なるように回る小さな魔法陣が二つ。それだけでも、魔術に詳しくないレヴィや紫雲は直感でその魔術の破壊力を悟った。


「随分と厚かましいものをくれよるのう」


そう言って刀に手をかける紫雲だったが、それをオルタが止めた。

不機嫌そうに顔を歪めて紫雲が振り向くと、彼は言った。


「まかせろ。あの程度、俺の結界で防げる。……というか、あいさつがわりの魔術を防げなかったら、魔術師失格だ」

「……ふむ、なら任せるとするか」


即座にオルタは行動に移る。複数の魔法陣を展開する。

その中でも一際大きく、淡く白く輝く魔法陣が、三人の周囲に展開されると、全員が身を寄せる。

そして魔法陣の回転が速くなった瞬間———


『上位闇魔術———『堕天だてん』』


嵐そのものをはらんだ魔力は、やがて巨大な力の塊となった。

黒紫に光エネルギーを内包し、周囲の木々を力の流れだけでへし折る。

ゆっくりと、しかし明確な死のイメージが、空に現れた。


隕石のように落ちてくるソレは、やがてオルタの展開した魔法陣に衝突した。


瞬間、力の塊は爆ぜる。

内包する魔力の全てを周囲へ放出し、ありとあらゆる物体を破壊する。

木々は破砕され、あたり一体の地面はひっくり返り、焦土と化す。


『………………ほう』


爆発で巻き上げられた砂煙が晴れた時、リッチーの目線の先には白いドーム状の結界が張られていた。

やがてその結界が割れ、破片が雪のように大気に溶けて消失する。


「おい、貴様の結界、壊れたぞ」

「壊したんだよ。もう必要ないからな」

「……助かったぞ、オルタ」


結界の中から現れたのは、二人の冒険者と一人の付喪神つくもがみ

先程の攻撃でも傷ひとつ負わず、五体満足で地に足をつけていた。


『かなり腕の立つ魔術師のようだな』

「皮肉か? あの程度の結界、お前なら積み木遊びが如くやすやすと作り出せるだろうが」

『クフフ…………それもそうだな』


笑うガイコツが、目的のリッチー。魔術の衝撃で見えていなかったが、今は赤い大きなローブを羽織り、フードで頭部が見えずらくなっている。身長ほどもある木製の杖を手に持ち、胸元には強いエネルギーを感じる青白いコアのようなものがあった。


『ふむ……今回は剣士が二人か。だがどうやらただの剣士ではないらしいな。冒険者ギルドは職務放棄しているのか?そんな禍々しいモノを入れるなど』

「……ほう、貴様、わしがなんなのかわかっておるのか?」

『魔物ではないな……しかしこの力の波長……まさか“妖怪“か?それもその刀に宿っている力の量……なるほど、付喪神というやつか』

「素晴らしい。見聞の広いやつじゃ」

『あまりにカビ臭い知識の瓦礫から引っ張り出してくるのは苦労したぞ。ワタシの生きた時代ですら形骸化けいがいかしていた知識だったというのに』


そう言うと、次にリッチーはレヴィの方へと視線を向けた。訝しむように、彼女のことを見ている。


『……む?貴様、ワタシの記憶が正しければ前に殺したはずだが?』

「その記憶のかたわらに立っている男に生かしてもらったよ。…………最後の魔力で、私のことを逃がしてくれた、あの魔術師にな」

『ほう、あの男が……確かに、あの時に魔術を使用された感覚はあったが、ステルスで詳細には気づけなかったぞ。となるとやはり、あの男もまた、腕の立つ魔術師だったといわけか』


『ならば』と言って、リッチーは右腕を前に突き出した。三人の中心に照準を定めるように、手のひらをむけている。


手のひらに魔法陣が展開される。


複雑な紋様。オルタも、その紋様だけではまるで判断できないと言ったように、目を開いてじっと見つめる。

魔法陣の回転が加速する。魔力が魔法陣に行き渡り、既に発動の準備が整いつつある。

しかし、そこで気づいてしまった。

オルタは、強くなる魔力の流れでリッチーの生成しようとしているものに勘づいた。

反射的に、彼は声を上げた。


「紫雲ッ!アレを止めろッ!」


その声を受けて、紫雲はすぐに動いた。地面を強く蹴り、ワイバーンの森へと駆けたあの時よりもずっと速く。

抜刀し、今にでも斬りかかることのできる体勢で肉薄し、リッチーへと刀を振るう。


『あの魔術師への手向けだ。最上位結界魔術———『封魔術結界ふうまじゅつけっかい』展開』


———あと少し、僅かに足りなかった。

紫雲はリッチーから生まれる衝撃に弾き出され、オルタとレヴィの元へと強制的に戻される。


リッチーの手のひらで弾けた結界は、力を散布し、結界を作った。

規模にして大図書館を覆って余るほど。広範囲に敷かれた薄紫の結界は、全ての魔術を封じる。


すぐさまリッチーが魔法陣を展開する。


『上位炎魔術———』

「……っ!! 上位水魔術———」


対抗するように展開したオルタの水属性の魔法陣は、発動前に崩壊する。

ハンマーで叩かれたガラスのように、細かい亀裂を走らせながら魔術の発動を阻止された。


『———『火炎重砲かえんじゅうほう』』

「……クソッ!」


リッチーの背後に複数の魔法陣。そしてそこから伸びるのは燃え盛る青い炎を纏った砲身。

発射された火炎の砲弾は、三名に直撃する。


『さぁ、どうだろうか。この結界はそこの女騎士の仲間だった魔術師の術を模倣したものに過ぎないが…………なかなか粋なものだろう』

「わしには関係のないことじゃがなぁ」


煙の中から聞こえてくる声は、紛れもなく紫雲の声音。それに気づいたリッチーは、少し顔をしかめた。


『……やはり、貴様が最も厄介だな』

「わしは刀を振るだけだから単純でわかりやすいがな」


すると、紫雲の隣に立っていたレヴィが仰ぐように結界を見ていることに気がついた。紫雲は防御のためリッチーから目を離さず、オルタが声をかけた。


「…………大丈夫か、レヴィ」

「…………………………………………」


彼女が見ているのは、薄紫色に光る結界———その先にある記憶。

自分の後ろで戦ってくれた、二人の魔術師。レヴィを救った、優しかった一人の少年と荒っぽい一人の少年。

レヴィを支えた、たった二人の仲間———

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