第6話 紫雲 VS 冒険者
ワイバーンが出現した森林にて。一つの冒険者パーティがそのワイバーンと戦っていた。戦況は冒険者側に大きく傾いている。空を戦場とするワイバーンを、魔術師が魔術によって地に下ろし拘束。動きが鈍くなったところで剣士二人が前線へ。もう一人の魔術師は後方から支援をおこなっている態勢である。
「地に降りたとは言え、さすがはワイバーンといったところだな」
「気を緩めるなよ。相手は竜だ。そこらの魔物とは訳が違うからな」
「あぁ……って、ん?」
「どうした?」
「な……なぜかワイバーンが萎縮している?」
「はい?」
前衛に立つ剣士二人がワイバーンを見ると、一歩二歩と後退りする様子が伺えた。何かに怯えているようだったが、それが自分たちのパーティが原因でないことは一目してわかった。明らかにそれよりも遠くの何かに恐怖を抱いている。
「どうしたんだ……?萎縮したのなら好都合だが、何か嫌な予感が———」
「わしの獲物じゃぁぁぁぁぁ!」
「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁあ!?」」」」
木々を薙ぎ倒しながら弾丸のような速度で突っ込んできたのは紫雲。ワイバーンを視界に入れるや否や、すぐに飛び乗ってまたがった。
「さぁさぁ竜よ、早う飛べ!わしは歩くのが嫌いじゃ!そして空を飛ぶのは好きじゃ!だから目的の場所までわしの足となれ!」
「グギュゥゥゥン……」
「「「「なっさけねぇ声」」」」
ワイバーンが怯えた子犬のような声に、冒険者たちは唖然とする。
「……というより待て待て、そのワイバーンは俺たちの討伐対象なんだ。仮に失敗したとなれば、報酬も無くなるしうちのパーティの評判にも関わる。悪いがここは俺らにまかせてくれないか」と魔術師。
「貴様がわしの足となり目的の地まで空を駆けるするというのなら話は別じゃが……悪いがわしはこの竜が気に入った。こやつで空を飛ぶとしよう」
「あのなぁ……」
そうため息をつく男の一人に、紫雲はワイバーンの背に立ってこういった。
「冒険者というのなら戦い、奪ってみせろ。貴様らの前にいるのは紛れもない魔物の類じゃぞ? かかってこい。貴様ら程度、刀一本で十分じゃ」
「………………後悔するなよ」
紫雲の挑発にあえて乗るように、一人の剣士が鞘から剣を引き抜いた。
それに続いてもう一人の剣士も剣を構え、魔術師も魔法陣を展開する。完全な臨戦体制となる。
「竜、貴様はあの剣士どもを相手しろ。わしは後ろにいる二人をやる」
「グギュルル…………」
「なに、すぐに貴様は飛べるようになる。なんせ———」
ワイバーンの背を蹴って、紫雲は魔術師に近づく。
「こやつから潰すからのう」
鞘から刀を抜く。鋼が光を反射しながらその刀身を魔術師へ振り抜く。
峰で殴ったのか、低く鈍い音が響いた。
「がっ……!?」
「殺しはせんよ。わしはこの竜が欲しいだけなんでなぁ。ちと眠ってもらおうかの」
「お前……!」
隣に立っていた魔術師が、すぐさま魔法陣を展開し地面から針状の岩を出現させた。
串刺しにするように紫雲へ伸びる。
……が。
「つまらん」
紫雲はその全てを斬り払った。
その隙を狙うように、剣士二人が紫雲へと近づくが、それを許さないのがワイバーン。前足で剣士二人を軽く払う。
「ほれほれ、出し惜しみなどするな。さもなくば次で終わりになるぞ」
「…………っ! あぁ、そうかい。なら全力でその“次“を潰してやる……!」
殺意を放つ紫雲に対して、生半可な魔術では有効打になり得ないと判断したのか、魔術師はこれまでで最大の魔法陣を地面に展開した。肌で空気の流れを感じることができるほどに、魔力の奔流が起こる。
「上位土魔術———『岩嵐』」
すぐに地面が割れる。砕け散った大地から出てきた土が塊となって質量を保有する。やがて岩と呼べるほどの、人の背ほどまで成長した大きさと質量を持ったソレが、紫雲を包囲するように漂い始めた。
「刀で防げるのならやってみろ」
無数に漂う岩が、超高速で円軌道に動き始める。やがて竜巻を生むほどの力と速さで、生成した岩の中にいる紫雲を封じ、殺傷する。
その回転力から周囲の草木や大気をも巻き込み、さらに魔術は苛烈になる。
「ダメ押しだ。上位炎魔術———『煉獄』」
その荒れ狂う岩の竜巻に、次は赤黒い炎が纏わりついた。着火した瞬間に即延焼。瞬く間に凄まじい熱量を持った竜巻へと変貌する。
「流石に死んだだろう。悪いが、先に手を出したのはそっち———」
「派手じゃなぁ」
「何っ……!?」
「わざわざ敵を隠す手品とは恐れ入った。手品師としていい腕をしておる。思わず笑ってしまった」
くすくすと、馬鹿にするような笑い方をしながら“背後から現れる“紫雲。いつの間にか抜け出していたらしい。
「次はもっと工夫するんじゃな」
そういって、それ以上語ることはないと言わんばかりに刀を振り下ろし、二人目の魔術師を撃破する。
———はずだった。
「ぬ?」
「……どうやら、ギリギリ間に合ったようだな」
「いや、間に合ってないっぽいぞ……一人伸びてる」
「何……!? 私は、また一人見殺しに……」
「殺しておらんわ」
その刀は、レヴィによって止められた。
高速で割り込み、身体強化込みの剣で刀を打ち払う。オルタは怪我人の回復をおこなっているようだった。
「と言うより、お前はなぜ急に走り出した。団体行動というものを知らないのか」
「うるさいのう。貴様の瞬間転移とやらの制限のせいじゃろう。だからこの竜を使って目的の地までひとっ飛びという算段よ」
「……視界内か魔力探知、あるいは正確に位置を把握できるなら瞬間転移できる。これでもかなり優秀な使い手である自覚はある」
「じゃが、目的地に向かえないのでは使えないのと同じよ」
「……………………」
ぐうの音も出ないといった様子で、オルタはせめてもの反抗で紫雲を睨む。
「まぁ、これだけ人がいるのならちょうどいい。リッチーと戦う準備運動じゃ。全員まとめてかかってこい」
「奇遇だな。お前には痛い目を見てもらいたかったんだ。ここらで一度負けてもらうぞ」
「くははは!面白いのう。そんな荒唐無稽な寝言———」
そこで、紫雲は素早く刀を横に振るう。
「———その柱のように立つ自信と共に切り倒してくれる」
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