第2話 魔術師の逃走


 世界でも有数の人口と技術を有する街、それが“都“。

 古の時代からの慣わしで、古風な名がついているその街は、今は剣と魔術が蔓延るファンタジックな風貌になっていた。

 レンガ造りの洋風な家が立ち並び、活気溢れるその街の一角に、大きな建物が一つあった。

 新品の木製の扉に、三階建てのレンガの建物。看板には“ギルド“と記されている。


 中に入るとすぐに大きな広間が迎える。机が何台か設置されていて、その全てを装備を身につけた者たちが占領している。身につけている装備は様々。大剣や片手剣、杖やローブ、魔導書など、多種多様な人間が混ざり合う。


 そんな多くの人で賑わう広間の中央に、ある男が突然姿を現した。


「…………………………」


 丈の長いローブに、縁なしのメガネ。昨晩紫雲と戦いを繰り広げた長身の男だった。

 だが、彼は地面に突っ伏したまま動くことはない。異変に気がついたものが、広間奥にいるギルド受付嬢をよび、すぐに駆けつける。すると、受付嬢は大きな瞳を細めて小さくため息をついた。


「あぁ、やっぱり、帰ってきたんですね」

「まぁな。それより一つ頼みたいんだが……」

「なんです?」

「魔力回復の薬をくれないか」


 長身の男が右肩を上げると、綺麗に肩から切断された断面が見えた。噴水のようにピューっと血を噴き出している。


「うひゃあ……思いっきりぶった斬られましたね〜……回復薬お持ちしますよ」

「リアクション薄くない?」

「まぁ……魔物に色々もがれて帰ってくる人多いですしねぇ……」


 すると、すぐにカウンターの内側へ向かおうとする受付嬢。薬を持ってくるようだ。


「あぁ、持ってくるのは魔力のな」

「普通の……体の方ではなく?」

「自分の治癒魔術のほうが早い」

「わかりました」


 そう言ってカウンターの奥へ消えると、すぐさま青い液体の入った小瓶を持ってきた。魔術の発動に必要な魔力を即時回復する効果を持った水薬が入っている。


 その薬を受け取ると、魔術師は片手で器用に開けて流し込んだ。直後に淡い緑色の魔法陣が傷口に展開される。光が強さを増しながら、欠損部分を修復していった。


「ワオ、すごいですね」

「まぁな……私にかかれば……うっ……」

「あ、その感じだと紫雲さんにプライドを折られました?」

「そうだよ……なんなんだあの魔物は……!刀一本で俺の全ての魔術を切るなんてわけがわからないぞ」

「めちゃくちゃに強いですからね。だから誰もあの依頼を受注しないんですよ」


 そうして受付嬢が視線を飛ばしたのは、ギルドに集まる魔物討伐依頼が書かれた依頼書を集めたコルクボード。

 その隅にある『都周辺部、紫雲討伐依頼』という依頼書だった。


 このギルドには、魔物の討伐依頼が集まる。

 理由は単純で、このギルドは冒険者ギルドという、魔物退治を主に生業としている者たちが集まる場だからだ。

 腕に自信のあるものがギルドに登録し、退治が可能な討伐依頼を受注して魔物を倒す。

 かくいう魔術師の男も、冒険者ギルドに登録している人間の一人だ。


「それに……別に紫雲さんは悪い魔物じゃないですよ。周辺部の魔物を狩ってくれますし、山賊も狩るし……というより、人斬りの噂が広まってますけれど、アレ、基本的に山賊ですよ」

「俺が山賊だとでも?」

「例外的に、好戦的な方に対して正当防衛風には切りますかね」

「過剰防衛だろうが!」

「まぁ、生きてるだけマシです。というかよく紫雲さんと戦って帰ってこれましたね。もうそれだけで都上位の魔術師名乗れますよ」

「最後の力を振り絞って瞬間転移の魔術を使ったよ……逃走用に使うのは数年ぶりだった」


 忌々しそうに呟く魔術師の隣で、受付嬢が目を見開いていた。


「え、瞬間転移を使ったんですか?」

「そうだが……あぁ、確か、瞬間転移を使える者は少なかったか。まぁ俺から言わせればこの程度———」

「いやそうじゃなくて」

「む?」

「多分、急に目の前の敵が消えたとなったら……」


 おそるおそる、受付嬢が広間の扉に視線を飛ばした。


 そして、扉が細切れにされる。


 掌程度のブロック状に切断され、ボロボロと扉が崩れ落ちる。

 そして奥から現れたのは———


「きたぞ〜手品師」

「———はぁぁぁぁ!?なんでここがわかるんだよ!!」

「気配でわかるわそんなもん」

「あはは。やっぱり……」


 刀を持った小柄な人物。紫雲だった。

 しかし、昨晩とは違い都に入るためか、血を綺麗に拭い落として非常に美しい出立ちで入ってきた。長く伸びる銀髪が、より一層輝いて見える。


「というより、毎回扉を切り刻むのやめてくださいよ〜……」

「道は己の手で切り拓けと言うだろう」

「困りますって〜……」


 自慢げに受付嬢の方を見ながら、そう言う紫雲。

 そんな二人の意識外で、一人の男は静かに魔力を練り上げていた。


(……気が逸れている今なら!)


 先程の薬によって魔力は回復。昨晩の戦いで消耗した魔力を補填し、万全の状態である。

 紫雲の背後に術式を展開し、攻撃を仕掛けようとする。


 ……が。


「ここでやりあう気か?」


 魔法陣の光が一層強くなった瞬間、彼の魔術よりも速く紫雲の刃が届いた。

 魔法陣が真っ二つに割れ、淡い光を放ちながら溶けるように消えていく。


「ここは多くの人間が集まる場じゃ。貴様がひとりよがりに暴れられる場ではないぞ」

「そうですよ!扉はまだしも、建物自体を壊されたらたまったもんじゃないんですから!」

「…………悪かったよ」


 悪びれもせず、魔術師は形だけ謝罪した。

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