第3話 紅蓮の剣士

 そんなやりとりをしていると、広間の机から一人の女が立ち、三人の方へ歩み寄ってきた。

 引き締まった体躯に、鋭い眼光。そして靡く紅蓮の長髪。

 腰には装飾の施された剣の鞘、大きさから片手剣だと推測がつく。身には白い鎧を纏い、一目して騎士や剣士の類の者だとわかった。


 三人の視線が集まったところで、彼女は紫雲に声をかける。


「取り込み中失礼。……先程の剣技、見せてもらったよ。魔術師の魔術を———それも発動前に魔法陣ごと斬り伏せる。そんな者、今まで見たことがなかったもので」

「なぁに、お主もあと数百年すればできるようになろう」

「そこでなんだが」


 食い気味に答えた女に「ぬ?」と反応を返す紫雲。後ろでは嫌な予感がしたのか、受付嬢が少し青い顔をしている。


 そして、ゆっくりと女剣士は口を開いた。


「———ぜひ私と手合わせ願いたいのだが……」

「断る帰れ消え失せろ」

「「「ひっどい!!」」」


 罵詈雑言の連射に、思わず三人が声を揃えて叫んだ。紫雲は不愉快そうに睨んでいる。


「な、なぜ断るのだ……!?」

「断るに決まっておろう。結果が目に見えておる。見たところ貴様は都の女剣士。しかも立ち姿から強者つわものであることはわかっておるが……都の剣士とあれば、おそらく流派はグレイブ流じゃな?あの程度の剣術では、どれだけ良い剣士であろうと、わしには敵わんよ」

「だが……」


 そんなこんなで、女剣士と紫雲が言い合いになる。

 それを横目に見ていた魔術師が、受付嬢へ視線を移した。


「なぁ、ちょっと聞いていいか」

「はい、なんでしょう」

「あのチビ……紫雲だったな。あいつがなんでグレイブ流を知ってる?確かに、都じゃ一番メジャーな剣術だろうが、魔物は都に入れないだろ」

「いえ?紫雲さんは山賊や魔物を狩っていて、門番さんたちにはよく知られていますし、さらには友好的な方なので、全然都に入れますよ。喋り方とか服装は古風ですけど、街の皆さんからとても慕われています。この前なんかは、近くの公園で子供たちの相手をしてましたしね」

「私のことを手品師と呼んでいたが?」

「本人曰く、その方がしっくり来るとのことで」

「……はぁ、そうかい」


 魔術を軽んじられたものだ、とため息をつきながら再度魔術師は視線を二人に戻した。

 しばらく見ていると、あることに気がついたようで、また受付嬢の方へと顔を戻す。


「そういや、あっちの女は何者だ?チビも高く評価してたみたいだが、有名なのか?」

「え、知らないですか……ってそうでした。あなたは都に来てから日が浅いんでしたね」

「あぁ、教えてくれると助かる」


 そう言うと、受付嬢は慣れた風に説明を始める。


「彼女は冒険者ギルドの最上位冒険者です。高難易度の討伐依頼もソロで安易やすやすとこなす最強の剣士。その鬼気迫る強さと、剣を振るう度に靡く美しい赤髪からギルドの間では赤鬼とも呼ばれています」

「さっき青い顔をしていたのは──」

「あはは……彼女、強い人にはああやって試合を挑むんですよ。だから、紫雲さんに試合を挑みそうだなぁって」

「でも、それで青い顔をする必要はないんじゃないか」

「いやぁ……多分ですけど……」


 そこまで言いかけたところで、一層大きな声が割り込んできた。


「頼む!! どうか一戦だけでいいんだ!!」

「しつこいのじゃ! 無駄だと言っておろうが!」

「無駄かどうかはやって見なければわからんだろう!?」


 まだ、紫雲と女剣士は言い合っていた。

 いまだに話し合いに決着がつかず、むしろ苛烈になっている。


「……はぁ、わかったわかった。一戦でいいのじゃろう」

「お! やってくれるのか!」

「あぁ、ただし———」


 静かに紫雲が睨みを効かせると、手を刀の柄に添えた。


「これで終わりにしてやろう」


 居合の要領で、鞘から刀を引き抜く。

 その剣戟は、受付嬢には全く見ることすら叶わず、魔術師にも視認がやっと。白い残像が空中に描き出され、目の前の女剣士に迫る。虚をついた一撃。すでに刀は首元まで迫る。


 刀が振り抜かれると、女剣士の体は大きく体制を崩した。


 


「ほう、これを防ぐか」

「当たり前だ。私が、不意打ち程度で負けるわけないだろう」


 彼女が構えていたのは、己の片手剣だった。鞘からその刀身の半分程度を露出させ、紫雲の攻撃を防いだらしい。


「それより、舐められたものだな。まさか刀の峰で殴りにくるとは」

「いいや、刀の峰は鈍器として十分に機能する。それも、わしのような妖刀とあらばなおさらじゃ。長年に渡って蓄えられた妖力が、勝手に刀を鍛えてくれる」


 すると、二人は改めて向き合い、静かに剣を構え直す。

 周辺部の魔物を狩り尽くす紫雲とギルドの最上位冒険者の勝負ということもあり、周りにはギャラリーが増え始めていた。中には野次を飛ばすものもいる。


「ちょ、ちょっと!やめてくださいよ!こんなところでやりあうなんて……というか、さっき紫雲さん自分でこんなところでは騒ぐなって言ってたじゃないですか!」

「安心せい。いざとなったら奥の手でも使ってこの女を黙らせる。……まぁ、奥の手を使うまでもなく、一瞬で決着をつけてくれるわ」

「ほう……?なら、私はその奥の手とやらを引き出した上で、お前に勝利する必要があるわけだ」

「つけあがるなよ小娘。剣の道においてわしの上を行こうなぞ、幾千年も気が早いわ。格の違いと言うものを教えてやろう」

「あまり甘く見ないでほしいな。これでも私はギルドの上位冒険者だぞ」

「名ばかりよのう。ギルドと言うのは」


 そう言って、お互いに地を蹴って肉薄する。

 一撃目が重なり合う。剣と刀が互いに衝突し、赤い火花を散らす。


 鍔迫り合いのように互いに剣を交えるが、先にその拮抗から抜けたのは紫雲。刀を傾け、滑らせるように相手の剣を地に落とす。そして流れるような追撃。


 ———勝負は、ニ撃目で決着した。


「がっはぁぁ……!」

「遅い遅い。どうやら、お主の剣は良い鋼を使っておるようじゃな。かなり軽くしなやかな打ちごたえがする……しかし使い手がそれでは、宝の持ち腐れというものよ」

「まだ……」

「わしの刀の峰を打ち込んだ。こちらもかなり軽い刀じゃが、さぞかし苦しかろう。やめておけ」


 地に這いつくばる女剣士。そして残った勝者は紫雲だった。

 ギャラリーは「マジかよ!賭けに負けたぁっ!」「信じてたぜ!紫雲の旦那!」などと野次の投げ合い。

 隣で見ていた魔術師は唖然として見るしか無かった。

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