真夜中は短し恋せよ中二女子。あなたのやりかたで抱きしめてほしい……。【KAC20234】

kazuchi

思春期、再来……!?

『……華鈴かりんっ!? あんたいったい何やってんの!!』


『えっ、何って、朝のコーヒーをれてるんだけど……』


『コーヒーの粉をフィルターに入れ忘れてるよ。これじゃあただの白湯さゆだって!!』


『嘘っ!! 華蓮かれんお姉ちゃん、確かにコーヒーの粉はいつもどおり三杯入れたつもりだったのに……』


『……華蓮、あんたコーヒーメーカーと間違えて隣に置いてあるヨーグルトメーカーの中に粉を入れてるから。うん、確かにいつもどおり三杯分の量だね』


『ごめん……。私、朝から何やってんだろ。洗面所では歯磨き粉と洗顔フォームのチューブを間違えるし、華蓮お姉ちゃんが隣にいなかったら洗顔フォームで歯を磨くところだったよ』


『そんなことないよ、と言いたいけど最近の華鈴、うっかりし過ぎだね。どうしたの、何か悩み事でもあるならお姉ちゃんに話してみな……』


『う、ううっ、華蓮お姉ちゃ~ん!!』


『……ふうっ、聞くまでもないか。あんたの顔だけじゃなく毛穴からも答えが滲み出てるから、お隣の悠里ゆうり君と何かあったんでしょ』


『華鈴の毛穴から!? ううっ、やっぱり洗顔フォームで顔を洗って出直してくる!!』


『もうっ、お姉ちゃんの冗談が分からないの!? 毛穴は比喩だから、あんたのおっちょこちょいは天然じゃなく個性なんだから……。思春期外来でもお医者さんからそう言われたでしょ。だから落ち着いて』


『華蓮お姉ちゃん、実は悠里と私、昨日学校で大喧嘩しちゃったの……』


『ええっ!? いったいどうしてなのよ。せっかく私がお下がりのビデオデッキから思いついて、あんたに提案した名付けて【幼馴染の彼と初デートで一緒に観たあの恋愛映画ラブストーリーをマイルームでもう一度!!】 作戦は大成功だったっておとといまではとても喜んでたじゃないの……』


『……おとといまでの浮かれ馬鹿な自分を後ろから全力で殴ってやりたいよぉ』


『ちょ、ちょと華鈴、落ち着きなさいって言ったばかりでしょ、そんなに泣かないの!! お姉ちゃんに全部聞かせてくれる?』


『う、うん分かったよ、全部話す。昨日の放課後、学校の教室で悠里と……』


 ……私は何をやっているんだ。本当に自分で自分を殴りたいよ。



 *******


 悠里との喧嘩の原因は私の些細な一言からだった。恒例になった放課後の居残り勉強会。いつものように教室には彼と私の二人っきり。のはずだったのに……。


 差し向かいに並べた二つの机、教室の窓から差し込んだオレンジ色がプリント用紙を染め上げた。彼がペン先をリズミカルに走らせる。頬杖をつきながらその指先を眺めていた。机の天板から伝わるかすかな振動が私の肘から耳に流れ込むだけでお互いの会話がなくとも幸せだった。その静寂を破られるまでは……。


「……あれっ!? 華鈴ちゃん。こんな時間まで教室で何やってんの」


「ちょっと邪魔しちゃ悪いよ。華鈴ちゃんって最近、先生に無理やり頼みこんで彼氏の勉強を教えているって噂だから……」


 私の仲良しの女の子たちが教室に忘れ物を取りに来ただけなのに……。


『ち、違うよ!! 悠里とはただの幼馴染で絶対に彼氏なんかじゃない……。仕方がなく勉強を教えているだけなの。二人とも変なことを言わないで!! 本当に迷惑なんだから』


 悠里との関係を彼女たちに冷やかされて不自然なほど動揺してしまった。大切な幼馴染を差し置いて同級生の女の子との付き合いを優先してとっさに言いわけをしてしまったんだ。何より頭の中で瞬時に二つを天秤に掛けているおのれの狡さに何よりも驚いた。


 まさに自分の心の弱さが露呈ろていした瞬間だった。


『……華鈴、悪いけど大事な用事を思い出した』


『あっ、悠里ちょっと待って!!』


 教室にいる誰の顔も見ずに悠里が荷物をまとめて教室を後にする。学生服の黒い背中に掛ける言葉が自分の中に何も見当たらなかった……。


 最悪の展開だ。すべて自分のせいなのに、悲しげな悠里の横顔を思い出すたびに胸が張り裂けそうに痛む。こんなに苦しいなら恋なんてもうしたくないよ!!


 華蓮お姉ちゃんに悩みを打ち明けても胸のもやもやは消えてくれない。今も自分に都合よく悲劇のヒロインみたいに話を脚色していないか? そんなことまでネガティブに考え始める態度を見るに見かねたのだろう。華蓮お姉ちゃんは今日学校を休めと私に提案した後、すでに出勤している両親に許可を取って学校にも連絡を済ましてくれた。


 ……寝巻のスエットの上下に着替え、自分の部屋でベッドに横になった。私は想像以上に気を張っていたんだろう。いつしか泥のように深い眠りに飲み込まれてしまった。



 *******



『はっ、いま何時!? 何だまだお昼か……』


 枕もとのスマートスピーカーに表示されたデジタルの数字。ぼんやりとした視界に映る羅列に妙な違和感を覚える。


 00:06


 お昼じゃない!! 思わず出そうになる叫び声をかろうじて喉の奥に飲み込んだ。いつの間にか寝すぎて真夜中になっていたなんて……。


 最近部屋に仲間入りした白いわんこの可愛いぬいぐるみ。ベッドサイドのミニテーブルから愛くるしい黒いビーズの瞳に見下ろされているうちに、私は何とか冷静さを取り戻すことが出来た。白い天井の虚空を眺めてせっかく中学に入ってから続いていた皆勤賞が途切れたなとか、今の自分には大した値打ちのないことを考え始める。


 何かを考えていないとまた最悪な気持ちの沼に沈んでしまうから……。


 大きな物音を立てて隣の部屋で寝ている華蓮お姉ちゃんを起こさぬよう、静かにベッドから降りる。不思議とお腹は空いていない。逆に身軽な気分だ。白い基調の壁にしつらえられた姿見の鏡に顔を映してみる。


『……ひっどい顔』


 泣きはらして腫れた目に寝ぐせのついた髪の毛。ふとという単語が頭に浮かんだ。たしか漫画やアニメの女の子の髪型の呼び方だったな。その言葉を軽口とともに私に教えてくれたのはもちろんあの人だ……。


 また胸の奥がきゅっ、と痛んだ。


 しんとした部屋の空気。吐く息の白さ。お気に入りの二人掛けソファーが視界に映った。まるで嘘みたいだな、あのソファーで寄り添ったとき右側に感じたぬくもりがこんなに懐かしく思えるなんて……。


『……やっぱり会いたいよ』


 もう遅いかもしれない、私は悠里を傷つけてしまった。


 それにどうする気なの? あんなにはっきりと恋愛対象じゃないって彼に直接言ってしまったのにどんな顔しておめおめと会うつもりなのか。だけど抑えきれないこの感情は自分でもどうしようもなかった。俗にいう深夜テンションが私に変な勇気を与えてくれる。


『……よしっ、やらないで後悔するよりやって後悔っ!! 女の子は度胸だ……』


 このどこかおかしな標語は華蓮お姉ちゃんの座右の銘だ。寝巻の上に厚手のコートを羽織ってから部屋を後にする。さいわい家族には気付かれなかったがこんな真夜中に家の外に出るなんて初めての経験だ……。最寄りのコンビニまで結構距離がある地域の新興住宅街に私と悠里の家は建っている。漫画やアニメでよくある隣同士の幼馴染と違って建物の距離は少し離れているんだ、ちょうど今夜は満月で月明かりが普段は街灯のない真っ暗な道路を照らし出す……。


 悠里はまだ起きているのだろうか? 最近始めたギターの練習で夜更かししているから昼間は眠いと学校で言っていたから会えるチャンスはありそうだけど……。


『……悠里の部屋の灯りは!?』


 見上げる私の視界に映ったのは真っ暗な窓だった。自分の中のひと握りの勇気が急速にしぼんでいく。


『こんな真夜中だから寝ているのが当たり前だよね、私って勝手に盛り上がって外に飛び出して本当に馬鹿みたいだ……』


 がっくりと肩を落とし、もと来た道を帰ろうと踵を返した瞬間だった。


 がさっ!! 


 私の背後で大き目な物音がして、びくっ、っと肩が跳ね上がるほど驚いた。

 変質者に注意!! 地域の回覧板で回ってきた注意喚起のチラシが脳裏をかすめる……。急速に全身を恐怖に包まれてしまった、がくがくと膝が震え始める。


 早く家に戻らなきゃ!! 慌てて後ろも振り返らずに一気に駆け出そうとした。


『おいっ!!』


『きゃああっ……』


 背後からいきなり口を塞がれた!! もっと早く気が付けば私は自分の身を守るためにその手に噛みついていただろう……。


 はやくこの手を振りほどいて逃げなきゃ!! 大変なことになる。恐怖で全身が震え涙で視界が滲んでくる。渾身の力を込めて暴漢をつき飛ばそうとしたその刹那。


『……華鈴、静かにして、僕だよ』


 この声は……!?


『ゆ、悠里、どうして……』


『しっ、お互いの家族が起きちゃうから小声で話して、とりあえず僕についてきて』


 月明かりを背にしているので彼の表情はこちらからはよく見えない。悠里の家の敷地内に建てられた小屋のような建物に連れられて中に二人で入る。妙に分厚い扉が印象的だ。


『ここは……!? 悠里、初めて入るけどいったい何の建物なの』


『僕の新しいギターの練習場さ、親父と兼用だけど、壁は防音になっているから深夜でも近所迷惑にならないから気兼ねなく練習できるんだぜ、結構すごいだろ』


 悠里は新しいおもちゃを買ってもらった子供みたいに自慢げな顔を私に向けてくれた。その笑顔を見た瞬間、言い知れない感情が一気にあふれてくる。


『悠里、教室でひどいことを言ってしまって本当にごめんなさい!! わ、私ね……』


『……華鈴、何のこと!? 僕は本当に用事があったから先に帰ったんだよ』


『えっ、用事って!?』


『映画のニャンピースブラック、二日前からサブスク解禁で無料視聴出来る日だったからさ、華鈴に言ったら居残り勉強をサボるなんてって、めっちゃ怒られそうだから……』


 彼は頭を掻きながら照れくさそうに答えた。ニャンピースの映画って!?


『……悠里、ひとつ聞いてもいいかな、ここでずっとギターの練習をしていたの?』


『ああ、もちろん!! ずっと弾きまくって疲れちゃったよ、だけどまだ華鈴に披露するレベルじゃないけどさ、そしてたまたま外の空気を吸いに行ったらお前を見かけたんだ。いくら何でも真夜中の女の子の一人歩きは危ないぞ。気をつけろ』


『……悠里、ちょっといい?』


『えっ!? 華鈴、何すんだよ、いきなり僕の手なんか握ってさ』


『昔から嘘が下手だったよね、悠里は……』


『お前が何言ってるか意味不明なんだけど……。まあいいや、家に戻ろう、僕も一緒に華鈴の親御さんに謝ってあげるから』


『そっちこそ何言ってんの? 私は完璧に気付かれないよう家を抜け出してきたんだから』


『よっこらしょっと。華鈴、あの煌々こうこうと点いた家の灯りを見てそんなこと言えるか? 久しぶりにお前の親父さんにこっぴどく怒られそうだ』


 重い防音扉を開けた悠里に指し示されて小屋の入口から外を見ると、我が家の窓という窓は全開で灯りが点灯していた。


『ええっ!? 激やばっ!! きっと帰ったらめちゃくちゃ怒られるよぉ。悠里、本当に私のことを見捨てないでね……』


『……ああ華鈴、心配すんな。この手を離さないでいてやるから』


 そう言いながら彼が握り返してきた手は心底冷え切っていた。それは外で私の口を塞いだときも同じ、その冷たさはしばらく外に立っていた何よりの証拠だ。ずっと暖房の効いた小屋でギターの練習をしていたなんて見え透いた嘘だ。とても優しいうそ……。


 おせっかいな、ううん違うな、優しい華蓮お姉ちゃんが心配して悠里に連絡したに違いない。それに映画のニャンピースの本当のサブスク解禁日は昨日だから間違ってるし、本当に嘘が下手だね。


 そんな不器用なところもずっと前から華鈴は大好きだよ、悠里。


『悠里。これからもよろしくね。こんなわがままな私であなたの嫌いな顔を見せるかもだけど』


『うん、分かってる。小学校時代の不思議キャラだったお前に振り回されていたからもう慣れっこだよ……』


『なんてひどい言いぐさなの!! でも今夜はおあいこだね。あなたも私の嫌いを見逃してくれたから……。それだけじゃないよ、お返しに家まで華鈴の手で温めてあげるから、二人で手をつなげばこんなにも幸せな気分でしょ』


『おまえの手ってちっちゃいくせにとてもあったかいよな。こんなことを口にするのは照れくさいけどすごく幸せかも』


『ほらね、私の言うとおり!!』


 どちらか一人の手が冷え切っていても一緒ならきっと指先だけでなく気持ちまで温めあえるはずだから……。




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 最後までお読み頂き誠にありがとうございました。


 ※この短編は下記作品の四作目になっております。


 それぞれ単話でもお読み頂けますが、あわせて読むと更に楽しめる内容です。

 こちらもぜひご一読ください!!


 ①【あなたの顔が嫌い、放課後の教室で君がくれた言葉】  


  https://kakuyomu.jp/works/16817330653919812881


 ②【私の大好きだった今は大嫌いなあの人の匂い……】  


  https://kakuyomu.jp/works/16817330653972693980


 ③【私の嫌いを見逃してくれたあの日から、つないでいたい手はあなただけ……】


  https://kakuyomu.jp/works/16817330654109865613


 ④【真夜中は短し恋せよ中二女子。あなたのやりかたで抱きしめてほしい……】

  本作品


 ⑤【好きな相手から必ず告白される恋のおまじないなんて私は絶対に信じたくない!!】

  https://kakuyomu.jp/works/16817330654262358123


 ⑥【ななつ数えてから初恋を終わらせよう。あの夏の日、君がくれた返事を僕は忘れない……】

  https://kakuyomu.jp/works/16817330654436169221


 ⑦最終話【私の思い描く未来予想図には、あなたがいなくていいわけがない!!】

  https://kakuyomu.jp/works/16817330654490896025

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