第16話 遺書とギター


4月16日(日)

 今日から日記という形で遺書を記していこうと思う。

 死ぬ日はもう決めている。

 10日後の4月25日。

 死ぬ前の10日間、人が何を考えて生きているのか、いいサンプルになればいい。

 

 今日は、此花くんの路上ライブを見た。

 彼の路上ライブには度々足を運んでいるが、やっぱり、何回聞いてもいい曲が多い。

 もう普通にファンだ笑。

 特に、ブルーシンドロームっていう曲が好き。『誰も知らない見えないけれど、これだって痛みだ』っていう歌詞が、今の私にすごく刺さる。

 これだって痛みだ。傷が目に見えないだけで、ちゃんと心は痛んでる。

 

 ライブの後、此花くんが酔っぱらったおじさんと殴り合いの喧嘩をしてた。

 生で喧嘩を見たのは初めてだったけど、痛々しくて、とても見てられなかった。何事もなければいいけど……。


 騒動の後に此花君が座っていたところを見ると、ピックが落ちていた。もらってしまおうかとも考えたけど、これを機会に彼と話すチャンスがあると思うと、やっぱり返す方が私にとってうれしい。


 明日も学校だ。

 此花くんと話せるかもしれないという期待と、またいじめられるという不安が一緒にある。



4月17日(月)

 朝、教室に入ったらなにやら騒がしかった。

 聞き耳を立てると、どうやら此花くんの昨日の喧嘩が動画としてSNSに出回っているらしい。

 動画を見ると、昨日、この目で見た光景が、モザイクがかった映像として残されている。

 一部始終を見ていた私からすると、此花くんが一方的に悪いというわけではないと思うが、動画の切り取り方が彼の印象を悪くするようになっていて、とてもむず痒い。

 

 彼にピックを渡そうと話しかけたら、緊張して昨日のライブの感想しか出てこなかった。

 軽くあしらわれてしまって心がチクっとしたけど、そのあと、屋上で話せたから大丈夫。

 屋上で話したときに、ちゃんとピックも返せた。ありがとう、ピック様!


 あ、そうそう。

屋上で話している流れで、突然歌うことになった。彼がギターを弾いて、私が歌。曲

『残ってる』。すぐに止まっちゃったけど、あの瞬間はさいこうだったなあ。

 そのあと、彼が私と一緒に音楽をしたいって言ってくれたけど、私にはできない。

 だって9日後に死んじゃうんだもん。


 放課後、山川さんたちに呼び出された。

 去年から続くいじめ。

 また、ひたすら暴言を浴びせられた。

 死ね、消えろ、そんな感じの言葉をひたすら言われた。そんなに言わなくても10日後にいなくなるのに。まあ、今日は暴力がなかったからましだ。



4月18日(火)

 山川さんたちが此花くんの曲を馬鹿にしたから、突っかかってしまった。

 音痴だとかなんだとか。私はいいけど、彼の音楽を否定するのは許せない。

 山川さんたちにはわからないかもしれないけど、彼の音楽に心を打たれる人だっているんだ。それを一方的に全否定するのは絶対に間違ってる。

 

 私が此花くんのことをかばったら、私と彼が恋仲にあるとか、変な方向に話が飛んで行った。ああいう人たちは、どうして、そういう単純な考え方しかできないんだろう。想像力があるのかないのか。彼を巻き込むのはやめてほしい。


 今日はびっくりすることが起きた。

 先生が黒板を強く殴って、山川さんを脅した。

 山川さんの「死ねよ」って言葉が逆鱗に触れたみたいだった。

 先生の見たことない顔が忘れられない。


 昨日に引き続き、今日も放課後に山川さんたちに呼び出された。

 朝の件に腹を立てているみたいだった。

 予想はしてたけど、やっぱり状況を目の前にすると怖い。苦しい。

 今日は、私が突っかかったこともあって、ビンタから始まった。

 全部で3発くらいだったかなあ。

 これを書いてる今でも、まだほっぺたがじんじんする。

 怖かった。

 あの空気は何回経験しても慣れない。そのうち楽になるかなとか思ってたけど、全然ならない。むしろ、日に日に恐怖が増してるような気がする。

息が上手くできないし、体もずっと震えてる。思い出したら、また怖くなってきた。

 でも、あと8日だけだと思えば我慢できる。



4月19日(水)

 今日は、いじめがいつにもなく露骨だった。

 知らないふりして私の机を蹴る。

 クラスのみんなも気づいてるだろうけど、何か言う人もいない。

 でも、別にそれが悪いことだとも思わない。同じ立場だったら、私もそうするかもしれないし。みんな、自分がターゲットになりたくないしね。

 ただ、此花くんだけは別だった。

 彼女らの机を蹴り飛ばしてくれた。やめてとは言ったけど、心の中では嬉しかったなあ。彼のすることはいつも豪快だ。

 ちょうど蹴り飛ばしたところで先生が入ってきて、何とか場は収まった。もし、先生が来てなかったらどうなってたんだろうと思う。


 そのあと、先生が話そうっていうから屋上に行ったのに、結局、此花くんと私だけしか来なかった。先生の粋なはからい?

 此花くんにいじめのことを話しちゃった。ほんとは誰にも話すつもりなかったけど、彼になら言っても大丈夫かもしれないという安心感があった。

 彼は何とかするって言ってくれたけど、正直、どうにもならないと思う。山川さんたちは特別な理由があって私をいじめてるわけではないと思うし。人一人の影響で終わるものじゃないと思う。


 今日は呼び出されなかったなと思いながら帰ろうとしていたら、自転車がパンクしてた。

 後輪を見たらぱっくりきれいな裂け目。きっと山川さんたちがカッターか何かで刺したんだと思う。どうしようもないから、自転車を押して帰った。

 

 しんどいな。

 苦しい。

 あと7日。



4月20日(木)

 今日はいろいろあった。

 まず、山川さんたちに煽られた先生が、爆音でロックをかけたのには驚いた。

 先生の行動はいつも読めない。今日のは特に、あのやる気のない顔つきからは予想できないや。

 

 それの怒った山川さんが、私に謝れって言ってきた。

 謝ったら何もされないかなと思って、ちゃんと頭を下げて謝ったら、頭の上からお茶をかけられた。

 惨めだった。頭がまだ冷たく感じる。


 濡れた頭で、何を考えたのか、勝手に足が屋上に向かってた。

 屋上にはやっぱり此花くんがいた。本能的に彼を求めていたのかもしれない。

 彼が話を聞いてくれて、泣き崩れてしまった。

「ちゃんと助けてよ」って言葉が自分から出てきたことにびっくりした。

 もうすぐ死んじゃうのに、助けてよなんて無責任だ。

 

 そのあと、5限目の授業をサボって、放課後、一緒に遊びに行った。

 一緒に遊んだというより、私がわがままをいっただけだけど。最後の思い出づくり。


 私の自転車が壊れちゃってたから、此花くんの自転車に乗せてもらった。すごくドキドキした。背中に顔を付けたあの瞬間は死ぬまで忘れない。まあ、あと6日だけど。


 最初に楽器屋さんに行った。此花くんのギターの試奏を聞いていたら、思わずうたってしまった。相変わらず、彼のギターは歌いやすい。

 

 次に、初めてゲームセンターに行った。

 あんなに子ども心をくすぐる場所があっただなんて。世界は広い。

 ずっと気になってた太鼓のゲームをした。此花くんが異様にうまくて驚き。

 クレーンゲームもした。かわいい猫のぬいぐるみが取れて嬉しかった。

 此花くんには刺さってなかったけど、無理やり一つ押し付けた。

 願わくば、それを見るたびに、私が生きていたことを思い出してほしい。ちょっと重たいかな。

 人生の中で一番幸せだったかもしれない。


 そのあとに行ったカフェで、彼がまた私と音楽をやりたいと言ってくれた。

 でも、やっぱりそれはできない。もうすぐ死ぬから。


 最後はちょっと暗くなったけど、今日は本当にいい日だった。

 こんな日が毎日続けば、私も生きたいと思えるのに。

 あと6日。

 

4月21日(金)

 本当に辛い日だった。

 昼休みには暴力を振るわれた。

 平手打ち、蹴る殴る。いつもより回数が多かった。

 過呼吸になって危なかった。あのまま続けられたら、本当に息ができなくなってたかも。 

 放課後は、トイレで水をかけられた。冷たかった。

 運良く雨が降っていたから、傘を持っていくのを忘れたと嘘をついて、お母さんはうまく誤魔化せた。

 

 死にたいという思いがさらに強くなった。

 昨日が楽しかったから、余計に今日の苦しさが大きく感じる。

 辛い。

 これを書いている今も涙が止まらない。

 なんで私だけ、こんなに苦しまないといけないんだろう。なんで私だけ。

 あと5日。


4月22日(土)

 今日は学校がなかった。

 学校がないといくらか心が楽だ。

 でも、頭にこべりついた光景がいつでも蘇ってくる。

 振るわれた暴力の痛みは、まるで今受けているかのように感じる。

 きっと、ずっと続いていくんだろうな。

 あと3日

 

4月23日(日)

 明日からまた学校が始まると思うと、動悸が激しくなる。

 心臓が大きく動いて、そのたびに身体が大きく揺れる。

 苦しい。

 助けて。

 あと2日。


4月24日(月)

 今日も暴力を振るわれた。

 さらに、それを動画に取られて、「誰かに言ったら晒すぞ」って。

 もうだめだ。

 この世界に救いはない。

 あと1日


4月25日(火)

 ぬいぐるみをちぎられた。

 私の最後の思い出を。

 これで私には何もなくなった。

 

 最後に。

 きっとこれを読んでいるであろう此花くんへ。

 あなたのおかげで、私の最後の10日間が、いくらか幸せなものになりました。

 本当にありがとう。

 それと、ごめんなさい。一緒に音楽ができなくて。

 でも、あなたがそう言ってくれて、本当にうれしかった。

 私に差した唯一の光に見えた。

 でも、初めから死ぬつもりだったので、どうしても受け入れられませんでした。

 どうか許してください。

 あなたの音楽に出会って、あなたに憧れて、どうにかこの10日間を生き抜くことができました。

 こんな感情を抱いたのは、後にも先にもあなたただ一人です。

 この手紙を綴っている10日間は、人生で一番苦しい10日間であると同時に、人生で一番幸せな10日間でした。

 音楽、やめないでね。

 最後にはなりますが、この手紙にギターを添えます。

 あなたの音楽がちゃんと届いている人がいたってこと、忘れないでください。

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