第11話 太鼓と猫

 楽器屋を出て、自転車を押しながら二人で商店街をぶらぶら歩いている。特に行く当てがあるわけでもなく、ただ、ぼうっと喧噪の中を徘徊している。

 この商店街は市の中では有名な飲み屋街で、一軒歩けば居酒屋が立ち並び、夜は石を投げれば酔っ払いに当たる。皆銘々に千鳥足のダンスを繰り広げ、その騒がしさもまたここの魅力と言える。

 もちろん居酒屋だけではなく、パチンコ屋、ゲームセンター、カフェ、カラオケと、典型的な下町の商店街の様相を呈している。遊ぶには困らないし、時間を潰すのにも苦労しない。

 そんな商店街の中を、何を話すでもなく、呆然と歩き進める。

 沈黙を嫌ったのか、桃谷が一つ声をあげる。

「そうだ。私、ゲームセンター行きたい」

 何かひらめいたように、頭の上に電球を浮かべて、嬉々として言った。

「ゲームセンター?なんでまた急に……」

 高校生だし、別にゲームセンターに行きたいことは不思議ではないが、なぜ急にゲームセンターなのだろう。女子高生というのは、もっとこう、洒落ていて、SNSにアップすることで周りからの目を集められそうなものに惹かれるのではないのだろうか。もっとキラキラしたものに集まっていくのではないのだろうか、虫みたいに。

「実は私、ゲームセンターって行ったことないんだ」

「はあ?」

 ゲームセンターに行ったことがないだと。すべての少年少女が、親にゲームセンターに捨て置かれてその間親は買い物を楽しむ、といった経験をしているものだと思っていた。千円札一枚渡されて、「これで遊んでていいよ」とまるで遊ぶ許可を与えるような物言いで、その実、子どもから解放されてゆっくりと買い物に興じたいだけだろう、という疑念を遍く子どもが抱いたものだろう。ゲームセンターに行ったことがないということは、こういう体験もないということだ。余程の箱入り娘だと見える。

「親がずっと許してくれなくてね。あんな場所で遊んでちゃ馬鹿になるって」

「それはたいそうな」

 馬鹿になるって……。確かにクレーンゲームという金銭引きずりだし機にはいくら金を引っ張られたかわからないし、メダルゲームなんていう増えたところで何の見返りもないゲームに熱くなってしまったこともある。

 しかし、少年たちはあの場で射幸心という気持ちを学ぶのだ。あとちょっとだけ……、その先が暗闇だということを学ぶのだ。そして、ギャンブルというものがいかに恐ろしく、また、熱狂を与えてくれるのかを学ぶのだ。それは別に学ばんでもええか。絶対に知らん方がええしな……。

「だから、ゲームセンター行ってみたい」

 目を輝かせながら俺を見つめる。まるで、おもちゃを前にした幼子のようだ。こんなにきれいな目で見つめられちゃあ、断れるものも断れない。

「俺はゲーセンに厳しいぞ。ついてこれるか?」

「ゲームセンターって楽しい場所じゃないの?」

 きょとんと首を傾げている。これだから素人は……。

「あのな、ゲームセンターってのは戦争やねん。太鼓の達人をやってるやつは周りにそのテクニックを見せびらかせなあかんし、恋人と来ようもんなら男は女の子にモテなあかん。ゲームセンターは、そんな様々な思いが交錯するバトルフィールドやねん。甘い気持ちで足を踏み入れたら、その覇気に意識持ってかれるぞ」

「やっぱり行くのやめようかな……」

 よかった。ゲーセンの厳しさを理解してくれたようだ。

「でもな、そんな戦場で目的を達成したときの喜びといったら、何ものにも代えがたい。ゲーセンにはゲーセンでしか味わえない快感がある。どうや、行くか?」

「……行きます」

 言わされたといわんばかりに渋々とした返答。まあいい。行けばわかる。一度行けば、その快感が彼女を満たすだろう。

「それでいい。じゃあ行くか」

「うん!」

 ちょうど近くにあったゲームセンターを指さし、先導して歩く。

 店先で外観を眺める。

 いかにも古いゲーセンといった感じで、看板の文字は剥げていて、シャッターは錆びだらけ。店は狭く、筐体の配置に秩序がない。個人経営らしい店構えで、きれいなゲームセンターとはかけ離れている。それでも、なんとも言えない趣があり、これぞゲーセン、これぞ俺たちのゲーセンと思わせる説得力がある。

 店に足を踏み入れ、どんな台がおいてあるのか、一周見まわして確認する。格ゲーや太鼓の達人、ダンス系アーケードなど、有名どころは一通り設置されていて、その他、マイナーなゲームがちらほら。クレーンゲームも大小さまざまなものが置かれており、小さい店舗とは言えど、それなりに遊べそうな印象を受ける。

 桃谷派というと、初めて来た感動を顔に浮かべ、24カラットのダイヤのように目を煌めかせている。右を見ても左を見ても見たことのない機械。そりゃあ楽しいはずだ。

「なんかやりたいゲームとかあるか?」

 桃谷はぐるっとあたりを見回し、探していたものを見つけたように一点を指さした。

「あの太鼓のやつやってみたい。テレビで見て、ずっと気になってたんだ」

 ゲーセンで太鼓のゲームといったら太鼓の達人しかない。一番初めにこれを選ぶとは、なかなかやるな。

「お、いいね。俺もあれ好き」

 そういいながら、大きい太鼓を二つ携えた筐体の前まで行く。

「あ、ごめん。私、百円玉持ってないや」

「おお、ええよ」

 財布から百円玉を2枚取り出し、筐体の下部にあるコイン口に入れる。

 すると、画面に表示された太鼓を模したキャラクターがしゃべりだし、その音量に驚いたのか、彼女はビクッとした。

 それに構わず、手取り足取り教えながら、曲選択の画面まで進める。

「好きな曲ある?」

「うーん。ボカロとかなら比較的わかるかも」

「お、じゃあ千本桜は?」

「千本桜すごい好き!」

「おっけ」

 彼女の返答を受けて、太鼓のふちを叩き、千本桜のバナーまでいく。選択すると、難易度選択画面が表示された。

「私、どれ選んだらいいかな?」

「初めてやったらかんたんでちょうどいいんちゃうかな」

「わかったー」

 桃谷は一番難易度の低い簡単を選択する。

 俺は一番右側にある鬼までカーソルを進め、さらにふちを10回たたき、裏鬼と名打たれた選択肢を表示させる。

「すごい、そんなのあるんだ。一番難しいやつ?」

「そう。何回もやってるからもう譜面も覚えてんねん」

「へぇー」

 そんな人間がいるのかといった顔で俺を見る。

「それじゃ、始めるぞ」

「はーい」

 画面のキャラクターがくるっと回転して、音符のアイコンが流れてくれるバーが表れる。

 この曲は音楽が始まると同時に譜面が始まるから、その最初の一打を合わせるのが難しい。カウントがないからタイミングが掴みずらい。

 そう思っていたら、案の定、桃谷は一打目をミスっていた。

 そして、聞きなれた曲に合わせて、見慣れた音符の羅列が右から左へと流れていく。

「なにこれ、頭が追い付かないよ」

 そういいながら、てんやわんや、太鼓のふちと面を乱打している。

「はは、最初はそうやろうな」

 俺は体が覚えていることもあり、考えずとも勝手に手が動く。ちらちら桃谷の方を見遣りながら、コンボを重ねていく。

「なんでそんなに上手いの?」

「その言葉を言われたくていっぱいやったから」

 そう。太鼓の達人をする者はみな褒められたいという承認欲求が原動力となって、毎度毎度飽きもせず太鼓をたたいている。客観的にみれば、こんなゲームが上手かったところで何もカッコよくはないが、肥大した自我の前では、そんな一般論は通用しない。彼ら(私たち)は、本気でこれがかっこいいと思ってプレイしている。こんなことする暇があるならデートの一つでもした方がよっぽど人間力が磨かれてカッコよくなるだろうが、それには気づかない。

 そうとはいえ、あんまりドヤ顔をしても引かれそうだから、ぐっと歯をかみしめる。

「ちょっと慣れてきた」

 そういう彼女はすでに50コンボを連ねていた。慣れるの早くね?

 そして、曲が終わり、桃谷は何とか緑色のゲージまでたどり着き、無事クリアを収めていた。

「初めての太鼓の達人はどう?」

「すっごく楽しい!でも、腕がしびれる……」

 腕の関節のあたりを抑えながら笑っている。楽しんでもらえて何よりだ。製作者のような気分。

 2曲目もプレイし終え、違うゲームに移行する。

「あ、このぬいぐるみかわいい」

 そう指さしたのは、小さい手のひらサイズの猫のぬいぐるみが置かれたクレーンゲーム。しかめっ面のけだるげに手足を伸ばした猫が山積みにされていた。とてもかわいいとは思えない。

「これがかわいい?」

 俺が問いかけると、不服そうな顔をしてこちらを振り返った。

「この若者に媚びないスタイルがかわいいじゃん」

「表現が全然かわいくないなあ」

 桃谷は「わかってないなあ」と言いながら、自動両替機に1000円札を入れ、百円玉を調達する。

「絶対に手に入れてやる……」

 鋭い眼光は猫をにらみつけており、これから喧嘩でも始まりそうな雰囲気だ。

 そして、覚悟を決めたように100円を入れ、起動音が鳴る。

「どういう戦略で行こうかな」

 腕組みをしながら真っすぐに筐体を見つめ、ぬいぐるみを手に入れる方法を考えている。こんなに真剣にクレーンゲームに取り組むやつを初めて見た。

「掴むというよりは、アームで押して転がす感じがええんちゃうか?」

 ぬいぐるみが山積みにされている左手前に、その高さを山より低くして穴が設けられている。

「それだ!もしかして天才?」

「いや、割と常套手段」

「そうなんだあ」

 俺のアドバイスに感動したように、ぬいぐるみの山を見つめながらふむふむ言っている。

 そして、一打目。アームが右側に動く。山の頂上あたりに来たところにぴったりと止め、一言「よしっ」と小さくガッツポーズをする。

 さらに、筐体の横側に周り込み、奥行きの確認をする。横側に頭を残したまま、手だけを伸ばし、奥行きを調整するボタンを押す。

 アームはちょうど山の先端の真上で停止し、のそっと両腕を広げる。そして、そのまま降下し、どこにも引っかからず、一時停滞する。

「あ、どこにもかかってないや。失敗しちゃった」

 しかし、アームが上昇する途中、閉じる勢いで山の先端の一体に当たり、それが勢いよく飛び跳ねる。その一体のストラップ部分に引っかかっていたもう一体がつられて山から飛び出し、二つそろって転がり落ちる。

 そして、景品取り出し口に全く同じぬいぐるみが2体落ちてきた。

「やった!」

 跳ね上がるように喜び、手に入れたぬいぐるみを取り出す。

 それを顔の前まで近づけて、まじまじと見つめる。

「やっぱりかわいいよ、ほら」

 そういって、俺の鼻先に触れんばかりの近さで、ぬいぐるみを見せつける。けれど、やっぱりかわいくない。かわいくはないが、彼女の喜びの腰を折るのも何なので、一応褒めておく。

「どちらかといったらかわいいかな。でも、よかったやん、二つも取れて」

「どちらかと言わなくてもかわいいよ」

 ぷんすかという音が聞こえてきそうなくらい、かわいらしい怒りをあらわにする。

「はいこれ」

 言いながら俺に向けて片方のぬいぐるみを差し出す。

「太鼓のやつのお礼」

 これは一つあげるという意味だろうか。

「くれるのか?」

「うん。さっきは100円出してもらっちゃたし。私、現金のやり取りが好きじゃないから、代わりにこれ」

 にっこり笑いながらぬいぐるみをこちらに向ける。けだるげな猫の目が誰かにそっくりだった。

「じゃあ、もらっとこうかな」

 そういって突き出された猫を受け取る。やっぱりかわいくない。

 桃谷は相変わらず嬉しそうに猫を眺めている。

 もう一度、もらった猫を見る。やっぱりかわいくない。

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