深夜の散歩
綴。
第1話 深夜の散歩で起きた出来事
「ねぇ、縁!ちょっと聞いてるの?」
私は何も答えずに携帯の画面をスクロールしていた。
「返事ぐらいしなさいよ!まったく!」
母親は怒っている。
まぁ、いつもの事だから。
(うざいなぁー!)
と私は心の中で呟いた。
「私がどんな思いをして縁の為に頑張っているのか、わかっているでしょ!」
でた、またこの台詞だ。
「もー、うるさいなー!」
私はドカドカと足音を立てて、部屋着のまま外に出た。
辺りは暗く、街灯が灯っている。
6月とはいえ、夜は肌寒い。
何か羽織ってくれば良かったな。
悪いのは私だ。
わかっているのだけど。
父親のいない私は祖母と母親と3人でずっと暮らしていた。
その祖母も一昨年、この世を去った。
私はいつものようにお気に入りのお店の前で立ち止まった。
もうとっくにシャッターは閉められている。
駅前にある大きなお花屋さん。
幼い頃よく祖母に連れられてここを通った。
美しい花はいつも綺麗に並んで、笑顔で微笑んでいるように見えた。
(私は花屋で働きたい。)
そんな簡単な言葉を母親に伝えられずにいた。
コンビニで飲み物を買い、公園のベンチに座った。
「もしもしー、玲?今公園なんだ」
ベンチに浅く座って、のけぞって星空を眺めていた。
「またぁ?素直にお母さんに言えば?」
玲はケタケタと笑いながらやってきた。
「だってさ」
と私はほっぺを膨らませる。
「こんな深夜にあたしを呼び出していいのは誠だけなんですけど?」
「そんなルール聞いたことないし」
私は玲にコンビニで買ったコーラを渡した。
プシュ。
玲は受け取ると一口飲んだ。
「あ、そだ!縁のお婆ちゃんから分けてもらった花あったじゃん!」
「ぉん」
「あれ、さっき見たらなんか膨らんでたんだよ!」
「え!行こう!散歩だ!」
「ちょっと!」
私は今来たばかりの玲の腕を引っ張って歩き始めた。
「こんな深夜に散歩なんてする?」
「こんな深夜の散歩もあるでしょうよ」
「ま、いいけど」
私は少し心がウキウキとしていた。
空を見上げると星が降ってきそうなほどキラキラと輝いている。
玲の家はもうすぐそこだ。
その時ふわりと風が吹いた。
「やっぱり!」
「え?なに?」
「咲いてる!」
何年か前にお婆ちゃんが分けてあげたんだ。
でもなかなか花が咲かなくて、お婆ちゃんも残念がってたんだ。
そこには白くて美しい凛とした花が自慢げに咲いていた。
「ぅわー、綺麗」
玲は初めて見る花に目を輝かせている。
「玲、ありがと!」
「え?帰んの?」
「うん!じゃねー!」
私は玲と散歩をした道を走って家に帰った。
「やっぱり!」
玲の家で咲いていた花と同じ花が咲いていた。
私は玄関の扉を開けた。
「お母さん!来てー!早く!」
「縁!何時やと思ってるの!」
「見て!ほら!」
白くて美しい凛とした花。
お婆ちゃんが大事にしていた(月下美人)が咲いていた。
甘くて気品のある香りが風にのってふわりと鼻をくすぐる。
「あぁ、お婆ちゃんにも見えるかなぁ」
母親とふたりで星空を見上げた。
「お母さん、私花屋で働きたいんだ!」
「え?」
「だから。大学は行かない」
「そう」
と母親は微笑んでいるように見えた。
この日の真夜中の散歩で起きた出来事は、ほんの少しだけ私を大人にした。
深夜の散歩 綴。 @HOO-MII
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