KAC第１回『本屋』改

第1話 本屋(改)

　俺はいつもの通りいつもの時間にいつもの古本屋に立ち寄った。その本屋は少し変わっていて店主の趣味趣向が強すぎる本屋だった。「幻想文学」専門のというのがまあ落ち着きどころだろう。

　高校生になっても中二病絶賛発症中の俺にとっては有難い本屋だった。特にクトゥルー神話に関する書物が豊富だった。

　クトゥルー神話とは１９００年代初頭にアメリカのラヴクラフトと言う作家が始めたシェアワールドのようなものだ。実際にはちょっと違うのだが、まあそれほど間違ってはいない。

　登場人物や小物・書物、神々の設定。それらが基本設定としてあるのではなく割とみんな勝手に足したり変えたりしている。クトゥルーという邪神の名前でさえ、その読み方は定まっていない。そもそも人間には発音できないって設定なのだから表記するのは土台無理なのだが。（人間には発音できないって設定すら曖昧だ。)

　いつものように声を掛けて店に入ったのだが店主が居ない。一人でやっているので他に店番は居なかった。まあ客も俺以外見たことが無かったが。

「不用心だな、泥棒に入られても知りませんよ。」

　呟きながら奥に入って行くと、やはり誰も居ない

「おじさん、居るんですか？」

　問いかけるが返事はない。いつも店主が座っている場所に一冊の本が広げてあった。俺は何気なくその本を手に取った。

「ホントどこ行ったんだろ。」

　ふと見ると机には見かけたことが無い茶色い熊のぬいぐるみが置いてあった。テディベア風だがテディベアではない。

　手にした本はかなり古い本のようだった。俺は悪いとは思ったが、どうしてもその本が欲しくなった。そしてとうとう持ち帰ってしまったのだ。

　その日以降誰も店主を見かけていないようだ。事件性はないようだが、俺もその日以来店には行っていない。自分で調べてみたら本の名前は『無名祭祀書』というらしいが、今のところ一行も読めてはいなかった。