【短編】きっといつまでも貴方と共に。

保紫 奏杜

きっといつまでも貴方と共に。

 ふと、何かに呼ばれた気がして。

 セリュエスは夢の中から浮上し、眠気で開きがたい目を開けた。高いささやき声が聞こえた気がする――そのことを徐々に現実のものと認識し、セリュエスは起き上がった。シーツの下に敷きつめてあるわらを膝で鳴らしながら、つっかえ棒で僅かに上げてある鎧戸から外を覗く。そこに、光の粉が夜の空気に舞う軌跡を見た。


小妖精ピクシー!」


 彼らは何処どこか知らない異界からやって来るのだそうだ。その異界は、おそらく世界神ソラドゥーイルの一柱が治めているのだろうとも。そう、不思議で気紛れな彼らに出会えることは、本来とても珍しいことで。でも、そんな彼らが現れやすい条件を、セリュエスは知っていた。


◇◇◇


 村は皆寝静まり、空を仰げば細い月と満天の星空が広がっている。セリュエスは夜間着に軽く上着を羽織った格好で、森への小道を歩いていた。目指す場所は、その途中にある。肌を撫でる夜風はもう冬のように冷たくはなく、散歩には丁度良い頃合いだ。


 美しい夜空に心を奪われていると、ふいに唸り声が耳に届いた。気付けば、森の傍まで来てしまっていたようだ。血のように赤い目をした小さな異形の者たちに囲まれている。森や洞窟に棲むと言われている魔物――子鬼ゴブリンだ。


 村の中だからと油断し過ぎていたことを後悔した瞬間、子鬼ゴブリンたちの体が突然に燃え上がった。途端、彼ら特有の潰れたような叫び声が上がる。そして蜘蛛の子を散らすかのように、彼らはあっという間に森の方へと消え去った。


 鮮やかな炎の魔法。おそらくは無詠唱で放たれたものだ。そんなことが出来る者は、知っている中では彼しかいない。


 期待を込めて振り向けば、会いたかった人物が立っていた。うねりのある長めの銀髪は、ひと月前よりも少し伸びている。闇色の瞳をいだく目は、いつもながら涼しげだ。少し眉間にしわを寄せている彼の右手には、先程の魔法の名残である赤い光粒が見えている。それは、彼が軽く手を振ることで消え去った。


 そんな彼の傍には、やはり小妖精ピクシーたちの姿がある。半透明の昆虫のような羽を持ち、掌大の小さな人のような姿をした妖精フェアリーだ。


「ウィヒト!」


 彼に駆け寄れば、広げられた両腕で迎えられた。抱き締められ、肩口で安堵の深い溜息をかれる。


「まったく、こんな深夜に一人で散歩など」

「ごめんなさい。貴方あなたに早く会いたくて……」


 心配させたことを謝ってから、セリュエスは正直に白状した。小妖精ピクシーたちは彼が大好きなのだ。だから、きっと彼が戻ってきたのだと思ったのだ。彼がいないと、やはり寂しい。ひと月前に彼が旅に出てから、水薬ポーションの調合や村の子供たちの世話をしながらも、彼の帰りをずっと待ち侘びていたのだ。


 また、彼の溜息が吐き出された。今度は少し、呆れたような笑みが含まれた気がする。抱き締められる腕が僅かの間、強まり、なだめるように頭を撫でられた。子供扱いだと思うものの、彼相手だと腹も立たない。


 彼は九つも年上で、並外れた力を持つ優れた魔導士だ。そして誰よりも、自分たち魔導士の未来のことを考えている。各地の領主の保護という名目の元、小さな村に押し込められていることを、彼は良しとしていない。領主の跡継ぎである幼馴染みメルヴィンと、そのことについて話し合っていることも知っている。魔導士の地位向上のためになら、彼は戦場にすら自ら立つだろう。彼が強いことは十二分に知っているものの、そんな時が来なければ良いのにとせつに思う。セリュエス自身は、穏やかに生活できれば良いのだ。領主から保護されていれば、異端審問院からも護られる筈なのだから。


小妖精ピクシーが教えてくれたのよ」


 そう言えば、ウィヒトが肩口で可笑おかしそうに笑った。


「それほど小妖精ピクシーが好きならば、お前が喜びそうな場所があるな」

「え?」


 興味を引かれ顔を上げれば、ウィヒトの抱擁から解放された。彼の住まいの庭に誘われる。そこには、外の棚に並べられた月光石がっこうせきが優しい光を放っている光景があった。どうやら、ウィヒトは旅から戻ってきてすぐ月光石がっこうせきへの魔力充填をしていたらしい。危険を察知し、作業を中断して迎えにきてくれたのだ。

 改めて謝ろうと口を開く前に、ウィヒトに軽く頭をたたかれた。


小妖精ピクシーたちが祭りをするのだとか言っていた。ノイエン公の西の森を、光の玉で満たすのだそうだ」

「すごいわ、それ見たい!」


 ウィヒトは魔導の他、小妖精ピクシーの言語の研究も熱心だ。そんな彼が直接聞いた話ならば、きっと本当なのだろう。


ただし、今すぐには無理だぞ」

「え? どうして?」


 疑問の答えを求めると、ウィヒトが困ったように笑みを浮かべた。


「どうやら二十三年ごとらしくてな」

「えぇと、つまり?」

「そうだな……お前が二十八になれば、祭りが見られる」

「ええー! ずっとずっと先じゃない」


 まだ自分は十五歳になったばかりなのだ。待ちきれずに頬を膨らませれば、ウィヒトの大きな両手に頬を包み込まれた。可笑おかしげな彼の笑みは、とても優しい。


「すぐにその時は来る。その頃には、お前は我の妻だ」

「つ、ま」


 視線を合わせて真正面から受けた彼の言葉に、心臓が跳ね上がった。恥ずかしさから彼の両手から逃れ、目線を外す。


 そうだ、十五になった誕生日――ひと月前に、彼と婚約したのだった。忘れていたわけではないが、急に現実味を帯びた気がする。彼の妻として、彼と旅をする想像をしてみた。彼は旅先でのあれこれを、色々細々こまごまと教えてくれるだろう。何より、旅の間中、彼とずっと一緒にいられることが楽しみでならない。


 ふと視線を感じ、セリュエスはウィヒトを見上げた。彼から向けられる柔らかな眼差しに、一気に熱が上がりそうになる。彼がこんな表情かおをすることを、きっと、私だけが知っている。


「……やはり心配で放っておけぬな」

「大丈夫よ? 今は家に一人だけど、村の皆もいるもの」


 ウィヒトの心配を一蹴すれば、彼があからさまに呆れた顔をした。


「これに関しては、お前の可否は受け付けん」


 そんなことを言うから、他の人から傲慢ごうまんだなどと言われるのだ。そう思ったが、セリュエスは声には出さなかった。自分を想ってのことだということは、充分に分かっている。


 家の中へいざなうように差し出されたウィヒトの掌に、セリュエスは自らの手を重ねた。彼と共にある幸せが続くことを、心の底から願いながら。



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