第二十四章 桜刀の術式
天乃三笠は、今自分の目の前で起こった現象を見て、ただ驚くことしかできなかった。
桜咲舞桜が唱えだした、知らない術式――それとともに、彼の手には赤紫色に輝く「日本刀」が出現したのだから……。
「舞桜、くん……それは……」
恐る恐る舞桜に聞くと、彼はヒメカの方を向きつつ三笠の問に答えてくれた。
「俺専用の術式だよ。桜の刀って書いて、おうとう、って読むんだ」
「和歌呪法の応用ってことなんですか?」
「そう、舞花とかは普通に御札の形のまま戦ってるだろ?俺の場合は、それを刀の形にして使ってるんだ」
(なるほど……陰陽師の戦い方にも個性があるのね)
本当は、まだまだ舞桜の術式について聞きたかったが、“彼女”がそれを許してくれないようだった。
呪鬼――早乙女ヒメカ。
〈お兄さん、今ヒメカの名前を呼んだわよね?ってことは……準備ができたってこと?〉
可愛らしく首を傾げてみせる呪鬼。彼女とこちらの距離は五メートルほど。
舞桜は刀を構えて、それを解こうとしない。
三笠も、彼のすぐ後ろに立って、御札を握りしめていた。
〈刀に、御札まで使うのね?一対二だなんて、不公平だわ。ヒメカ泣いちゃう〉
言葉ではそう言いながらも、ヒメカの口の端は、妖しくつり上がっている。
〈じゃあ、ヒメカも本気で行かせてもらうわよ?〉
呪鬼が、両手を振った。同時に、その赤い唇から呪言が飛び出す。
〈呪鬼術・『姫華繚乱(きっかりょうらん)』〉
あっという間に、闇の中に紅い華が咲き乱れた。彼岸花の形をした赤い光が、暗闇の中を駆ける。
それは、とても鮮やかで、とても綺麗だった。思わず三笠が見惚れていると――
「……痛っ!」
右の頬に鋭い痛みを感じた。慌てて頬に手をやる。
「え……血……?」
再び見た自分の手には、赤い液体がべトリと付いていた。頬に、切り傷があるらしい。
「……ミカサっ!?大丈夫か?」
「術式にやられたのかもしれない……」
舞桜は舌打ちした。
「くそ……あの赤い光の華は、刃になってるんだな」
〈きゃはははははっ〉
ヒメカが高く笑う。
〈そうよ、ヒメカの花びらに触れると、斬られちゃうの。逃げてみなよ、お姉さんとお兄さん!〉
早乙女ヒメカは、またさらに激しく術式を展開し始めた。次々と放たれる呪いの攻撃に、三笠はタジタジだ。
「舞桜くん!私、どうすればいい!?」
「とりあえず花びらを避け続けろ!その間に俺がなんか考えるから!」
「わかりました!」
闇の中から、鋭く飛んでくる赤い光線を必死に避ける。不規則な攻撃は、読みづらい。暗闇の中での攻防に、目が慣れてきたとはいえ、未だ足元は覚束ない。
シュッ――――
風を切る音がして、三笠の顔の近くを紅い華が通り過ぎていった。
(危ない……もうちょっと右にいたら、私の顔面真っ二つだった……)
そう思ったと同時に、舞桜の悲鳴が聞こえた。
「ミカサ、危ないっ!」
「えっ」
慌てて前を見ると、目の前に呪いの刃。
(避けられないっ――)
目を瞑った瞬間、ガキンッと、すぐ近くで金属音がした。
「ミカサっ!一旦離れとけ!」
舞桜だ。彼が、三笠を襲ったヒメカの術式を、自身の刀で受けてくれているのだった。
「舞桜くん、ありがとう!」
三笠は礼を言いつつ、舞桜の指示に従い、少し離れたところに避難する。
桜咲舞桜は、天乃三笠がヒメカの攻撃の射程圏内から外れたのを見て、頷いた。そして再び、敵である呪鬼の方を向く。
「おい、呪鬼。どうしてミカサばっかり狙うんだよ。お前の敵は俺っつったろ?」
左足に力を込めて、一気に距離を詰める。両手にしっかりと握った桜刀を、ヒメカに向けて振るう。
〈きゃははっ〉
笑いながら舞桜の斬撃を避けるヒメカ。
〈その理由はお兄さんもわかってるでしょ?〉
彼女から放たれる赤黒い刃。
舞桜は、その連撃をかいくぐりながら、更に距離を詰める。
「……ミカサが、『除の声主』だからか」
〈そうだよっ!〉
ガキンッ
また鈍い金属音がして、刃と刃がぶつかった。
舞桜の赤紫と、ヒメカの赤が、煌めいて散る。
「なぜお前ら呪鬼が、声主のことを知っている?」
〈だって……報告が、来たんだもの〉
「報告……?」
〈ヒメカたちを侮らないで欲しいな。お兄さんたちが『祓』という組織を持っているのと同じように、ヒメカたちにも、ちゃんとそういうのがあるんだから〉
舞桜は、顔をしかめた。
(呪鬼も、組織があるのか……?いや、そんなことより、今は早くコイツを倒さないと)
赤髪の陰陽師は、後方へ飛んで機会を伺うことにする。接近戦は、舞桜にとっても有利だが、それと同時に同じような戦い方をするヒメカにとっても有利ということなのだ。
『和歌呪法・しのぶれど 色にいでにけり 我が恋は』
もう一度和歌呪法を唱えて、術式を強化する。
舞桜の歌……『しのぶれど』は、平安の世に行われた「歌合わせ」――何人もの詠み人が、二組に分かれて和歌作りを競い合う雅な遊び――そこで詠まれた「忍ぶ恋」を歌う一首だ。
平兼盛(たいらの かねもり)が歌い上げた、恋の不思議――「隠していたはずなのに、顔に出てしまっていたようだ」。そんな、自分の恋に対する気付き。
宮中の人々の、恋愛も織り交ぜられた日常。
彼らの足跡を想いながら、俺は刃を振るう――。
『ものや思ふと 人の問ふ…………ッ!?』
突然――――舞桜の呪法が、途切れた。
“いま、なにをされた?”
〈お兄さん、ごめん〉
背後から、奴の声がした。
〈背後からの完全奇襲とかして、ごめん〉
早乙女ヒメカ――さっきまで俺の正面、六メートルほど離れたところにいた彼女が、今は後ろに立っているのだ。
〈でも、お兄さん強かったから。こうでもしないと、ヒメカ、お兄さんに勝てなかった〉
淡々と言う呪鬼が、舞桜の体から何かを引き抜いた。……赤く光る、彼女の呪鬼術の花びらだった。
「……ゲホッ」
胸の奥から何かが逆流してくる。それは、舞桜の唇の端から、ツツツと流れ落ちた。
「さ、刺された……?」
瞬間移動したヒメカが、俺を背後から、あの刃で……?
〈よくわかったね、お兄さん〉
ヒメカが、舞桜の耳元で囁いた。
〈さよなら〉
急に足に力が入らなくなった。ガクンと、結界の床に膝をつく。俺が――桜咲舞桜が、気を失う前に見たのは……俺を冷たく見下ろしてくるヒメカと、両手で口元を抑えてこちらを見ている天乃三笠……それ、だけ、だった……。
闇の中へ、堕ちていく……。
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