第二十三章 三笠と舞桜


 天乃三笠は、破れた呪詛結界の壁を、ただただ驚いて見つめていた。どこまでも続いてそうな、今にも吸い込まれそうな、そんな闇が……突然紙を破るような感じでビリっと破けて……光が、入ってきて――。


〈……チッ〉


 ヒメカが小さく舌打ちをした。それもそうだ。現実から切り離していたはずの呪詛結界が見つかり、しかもそれを外部からの呪法によって壊されたのだから。


 しかも、声の主は二人。


〈なに?陰陽師?〉

 忌々しそうに、腰に手を当てる美少女呪鬼。


「そうだよ」


 その問いに答えながら、徐々に姿を現す二人――。


 桜咲舞桜と、佐々木峻佑。


「俺らさ、実は千葉県担当なんだけど……」


 赤みがかった瞳を煌めかせて、陰陽師は言った。


「君って、ホント運が悪いね!俺らが埼玉に居たばかりに、今日、この世からおさらばすることになっちゃったんだから」


 あくまでニコニコしながら言ってのける桜咲舞桜。隣で、峻佑も穏やかな表情をしている。

 二人の顔から見て取れるのは……余裕。


 ヒメカに有利な呪詛結界内なのに、

 人質を二人取られているも同然なのに、

 まだ相手のことをほとんど知らないのに。


 なのに、彼らからは――――陰陽師としての自信が、溢れ出ていた。


 しかし、早乙女ヒメカも負けていない。


〈なに威勢のいいこと言っちゃってるの?お兄さんたち〉


 呪鬼は、その白い手で印を結び直した。


〈呪詛結界・『独裁王国』〉


 みるみる修復されていく暗い壁。あっという間に、呪鬼の結界内に四人の人間が閉じ込められる形になった。その中にあるのは、闇――そして、数個の紅い光のみ。その小さな灯りだけが、陰陽師二人を、三笠を、霧花を、そしてヒメカを映し出していた。


 三笠は、赤髪の陰陽師の言葉を聞いて、また驚いていた。


「千葉県担当って……」


 アキとハルが言ってた、同僚の方々ってことよね?


「あ、」


 峻佑と舞桜も、人質の存在に気づいたようだった。


「だ、大丈夫?」


 慌てて駆け寄ってきてくれたのは、赤髪ショートの男の子の方だった。メガネの大学生風の方は、霧花へ向かったらしい。


「怖かったよね、怪我してない?」


 結界の床に座り込む三笠に、優しい言葉をかけてくれる陰陽師。三笠は、大丈夫です、と答えたが……

(あれ、この目つきと雰囲気と髪色……誰かと似て……)


 突如、思い出した。


 初任務のときに行動をともにした、高校生陰陽師。彼女は、双子の兄が居るのだと……たしかに言っていた。


「まさか、あなた……」


 三笠は彼に聞いた。


「桜咲舞桜、さん、ですか?」



 桜咲舞桜は、目の前の少女からの問に驚いていた。


「え、えっと……そう、なんだけど」


「やっぱり!そうですよね、道理で舞花さんと似てると思いました」


 突然出てきた妹の名前に、またもや戸惑う陰陽師。


「え、舞花のこと知ってるの?」


 すると、少女は目を輝かせて「はい!」と頷いた。肩の長さまでふんわりと伸ばされている髪が、優しく揺れる。


「私この前、舞花さんと一緒に任務を……」


 ここまで言ったところで、彼女はまだ自分が名乗っていないことに気づいたようだった。


「あっ、すみません。私、天乃三笠っていいます!」


 舞桜は呪詛結界内において、三度目の驚きを覚えた。


「天乃三笠……!?君、『除の声主』ってこと?」


「はい、そうです」


 年頃は十四歳くらいだろうか、舞花から聞いていた特徴とも一致している。


 こんな偶然が、いや、「幸運」が――あっていいのだろうか?


 呪鬼の結界内で戦いを挑む時点で、陰陽師側には不利。いくら経験豊富とは言えど、峻佑と舞桜だけで打破するのは苦しいと考えていた……が、味方がもう一人増えてくれるのならば、話は別だ。


「まじ?まじか……すげぇ、声主がいるって力強い」


 舞桜はそう言うが……少女・天乃三笠は俯いた。


「でも、わ、私……まだ和歌呪法とか全然使えなくって……呪鬼との戦いも、まだ単独任務やったことなくて……だから親友を人質に取られちゃって、呪詛結界に閉じ込められちゃって」


 自責の念に駆られる三笠を、舞桜は慰めようとする。


「お、おい……元気だせって」


「私のせい、なんです。結界って閉じ込められたら出るの難しいんですよね……しかも、キリカは……親友は……なんか操られてるみたいだしっ……ごめんなさい、ごめんなさい」


 三笠の目から、涙が零れ落ちた。信頼できる陰陽師が姿を現したことで、今まで我慢していたものが一気に流れ始めてしまったのだろう。


 確かに……呪詛結界から出るのは至難の業だ。さっきも、ヒメカという呪鬼は、一瞬で舞桜たちが破って入ってきたところを修復した。そこそこの呪力は持ち合わせているようだ。


 しかし――――。


「ミカサ、呪詛結界を内側から破るのは難しい。だけどね、一つだけいい方法があるんだよ……この、三人でできる、脱出方法」 


 三笠は、顔を上げて舞桜を見た。


「……なん、で、すか?」


「アイツを倒すんだよ」


 舞桜は静かに、だが力強く言った。

 彼の指差す先には、メイド服を着た少女の呪鬼――早乙女ヒメカ。


「結界を作ってる本人が滅殺されれば、普通は結界を維持している呪力が無くなるということだから、同時に俺らも脱出できる」


 真っ暗な闇の中に、一筋の希望が見えた気がした。


「ミカサ、俺たちと千葉に帰ろう」


 高校生陰陽師は、向かい合う声主の少女に笑いかけた。


「もちろん、お友達も一緒にね」


 天乃三笠は、彼の目をしっかりと見て大きく頷いた。



 舞桜は考える。

(ターミナル駅に呪詛結界を張って、か弱い中学生まで人質にとって、そこそこの力を持っていそうな呪鬼か……。しかも、美少女……舞花には劣るがな)


 厄介な敵だ。そして三笠の話によると、友人は操られているそうではないか。


(まあ……そっちはシュンさんが、なんとかやってくれるっしょ)


 峻佑に寄せる絶大な信頼は、一緒に任務をこなしてきた数々の経験からだ。

 同時に舞桜は、自身の役割を自覚した。


(シュンさんがお友達をどうにかしてくれてる間に、ミカサと連携を取りながら早乙女ヒメカを倒す――、そして、呪詛結界から皆で脱出する)


 大丈夫だ、俺なら出来る。


「行くぞ、ミカサ」


 その声に隣りにいる少女が頷いたのを確認して――




 桜咲舞桜は、術式を唱え始めた。



『和歌呪法・しのぶれど』



 左手に持った白い御札が、だんだんと赤紫色に染まっていく。そして彼は、紙のもう一つの端を右手に持って、 “その御札を、伸ばし始めた”。



『呪鬼滅殺・「桜刀(おうとう)」』


 

 みるみるうちに細長くなった御札は、あるモノの形を成し始めていく……“日本刀”だ。


 赤紫色の炎を燻らせ、両手の中で煌々と光る刀を、舞桜は慣れた手付きで持ち直した。




「早乙女ヒメカ!」


 元凶の、呪鬼の名を呼ぶ。


「俺が相手だ!」


 桜咲舞桜が、跳んだ――。


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