第二十一章 舞桜と峻佑


 天乃三笠が大宮駅にて、呪鬼・早乙女ヒメカの呪詛結界内に閉じ込められてしまった頃――――時を同じくして、とある二人組が、この駅に足を踏み入れていた。


「やっと大宮かぁ……」


 JR高崎線・上野行きの列車から、大きく伸びをして出てきた赤髪の少年――桜咲舞桜(さくらざき まお)は、小さく呟いた。


「なんでこんな遠いところの任務にまで助っ人に行かなきゃいけなかったんだよ……」


 舞桜の後ろから続いて降りてくるのは、大学生風の眼鏡の青年――佐々木峻佑(ささき しゅんすけ)。


「秩父ってやっぱ遠いよね?シュンさん」

「遠いよ……千葉県柏市から埼玉県秩父市までの遠距離任務。なんで僕らに声がかかったのか、不思議なくらい、相手の呪鬼は、別に誰でも力を合わせれば倒せるくらいのレベルだったよね」

「まじでそれな……」


 疲れ果てた口調で、ゆっくりと会話を展開する舞桜と峻佑。なぜ、彼らがこんなにも疲弊しているのか。それは、二人は埼玉の秩父地方での呪鬼出現の知らせを受け、埼玉の陰陽師たちの助っ人に行っていたからであった。


 今は、その帰りである。


「戦い自体は疲れなかったけどさ」

 舞桜は、愚痴をこぼす。

「移動時間長すぎだって……千葉からじゃなくて、東京とかから助けを呼べばよかったのに」


「まあ、そんなこともあるよね」


 開き直った峻佑。舞桜は、顔をしかめる。


「まったく、シュンさんは優しいなぁ」

「まあそりゃ、大人ですから」

「自分で大人ですっていう大人は信用ならない」

「舞桜くんは厳しいなぁ」


 峻佑は手を伸ばして、少年の赤みがかった髪をワシャワシャと撫でた。


「そーんな、心狭い発言してたら、舞花ちゃんに嫌われるぞー」

「え、それは嫌だ……って!髪触るなっ!」

「これは、舞桜くんより背が高い僕の特権ですから」

「何が特権だよ!手、離せっ!」

「やーだね、そんなに暴れないでよ。反抗期シスコン男子高校生くん?」


 舞桜が言葉に詰まる。


「ちっ……違う!反抗期じゃねぇし」

「お?じゃあシスコンは認めるんだね」


 ニヤリと笑う峻佑。大学生の力は強大だ。男子高校生では太刀打ちできない。

 

「…………」


 黙り込んだ舞桜を見て、峻佑は笑った。


「はいはい、不貞腐れなーい。京浜東北線に乗っちゃおう、早く帰らないと」


 そのとおりだった。ホームの屋根の隙間から見える空は、暗くなってきていた。


「それもそうだね、電車は……どこだ?」


 舞桜と峻佑は、揃ってキョロキョロしながら京浜東北線のホームを探した。やはり、慣れない駅――しかも、大きな駅は迷いやすい。先程の三笠たちと同じく、いくつかの店が並ぶ駅構内を歩いていると――。


 


 プルルルルー、プルルルルー。


 電話の着信を知らせる電子音。 


「あれ、僕だ」


 峻佑が、誰だろうと首を傾げながらスマホを取り出す。桜咲舞桜と二人して覗き込んだ画面には――


「夜鑑 華白」


 千葉県『流』の名が表示されていた。


「華白さんから……?どうしたんだろう」 

「シュンさん、とりあえず電話に出よう」


 舞桜は峻佑からスマホを奪い、通話開始ボタンを勢いよくタップした。スピーカーもオンにして、音声を聞き取りやすくする。


「もしもし、華白さん。どうしました?」





 千葉県某所――。


 マンションの、一室にて。


 白く輝く髪をたなびかせた麗人は、頬杖をつきながら呼出音をひたすら聞いていた。


 彼女の名は、夜鑑華白(やかがみ かはく)。千葉県所属の陰陽師を取りまとめる立場にある女性陰陽師だ。しかし、体のラインを悟らせない黒服を身に纏い、中性的な声音で喋る華白は、時折男性と間違われる。


 とは言っても、彼女にとって人からどう見られるかなどは関係がなかった。関心があるのは、呪鬼の殲滅のみ。呪鬼への憎しみだけをその目に宿らせ、日々を生きている。


 そんな彼女が電話をかけている。その相手は――今、大宮駅に着いているであろう陰陽師二人組・桜咲舞桜と佐々木峻佑……。


『もしもし、華白さん。どうしました?』


 やっと相手が電話に出た。峻佑の携帯にかけたつもりだったが、出たのは舞桜のようだ。


「今、電話できる?」


 華白は聞く。すると今度は峻佑の声がした。


『大丈夫ですよ』


 華白は、一息ついて話し出した。


「峻佑、舞桜。緊急任務がある」


『まじっすか』

『どんな?』


 先の任務で疲れているだろうに、弱音を吐かない二人。彼らに感謝しながら、祓本部から届いた連絡の詳細を読み上げる。

「ついさきほど、大宮駅構内で呪鬼の存在が感知された。二人にはそれを祓ってもらう。行けるか?」


『もちろんです』

『ちょうど俺ら今、大宮にいるんで』


 ナイスタイミング、と心の中で頷く。が、あくまで淡々と連絡をする華白。


「そして厄介な情報が二つある。一つ、ソイツは今呪詛結界を張ってるとのことだ。戦いになった際には、呪詛結界の中に入っていくしかないだろう」


 電話の奥で、二人が息を呑む気配がした。


「そして、もう一つは……、その結界内に、人が囚われているらしいということ」


『まじ、か……』


 桜咲舞桜のため息。呪鬼の結界内で戦うだけでも不利なのに、その中の人間まで助け出さなくてはいけないとは。


「本当に申し訳ない。でも、一番近くにいるのが二人らしいんだ。一応埼玉の陰陽師にも応援要請をしているが……」


 華白が消え入りそうな声で言うと、向こうから峻佑の声がした。


『華白さん、僕らに任せてください』


 その頼りがいのある声音に、思わず背筋を正す。


「峻佑……」


『大丈夫です。やってみせます』


 続いて舞桜の声もした。


『千葉県の力を、埼玉に見せつけてやるんだよ。お前らの助けなんて要らないぞって、わからせてやります』


「あまり変なことはするなよ」


 一応釘を刺すが、舞桜の大口にはいつも和ませてもらっている。


『じゃあ、俺ら呪詛結界探してくるんで、一回切りますね』

『華白さん、また』


 ツー、ツー、ツー。


 華白は、切れた電話の前で小さく呟いた。


「ありがとう、二人とも」


 


 桜咲舞桜と、佐々木峻佑が動き出した――。

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