第二十章 穢される思い出
「で、キリカ」
三笠は電車に揺られながら聞いた。
「大宮行くったって、どこに行くの?なにするの?」
「あれ、言ってなかったっけ」
「うん、てっきり買い物かと思って、あまり詳しく聞かなかった。買い物するで、あってる?」
「ノンノン」
「あれ、違うの?じゃあどこ行くの?」
ショッピングが好きなキリカのことだから、大宮に出てから、そのひとつ先の駅にある大きな商業施設に行ったり、駅ビルをうろついたりするもんだと思っていたけど……。
「テッパクよ、テッパク」
「……テッパク?」
「そう!大宮にある『鉄道博物館』!」
……なに、それ?
*
「ここが……鉄道、博物館?」
目の前に在る、本物の電車の展示を見ながら三笠は霧花に聞いた。二人は、大宮駅に着いたあと、また別の路線に乗り込んで「鉄道博物館駅」に降り立ったのだった。
「そうだよ!全国の鉄道オタクが集まると言っても過言ではない場所!」
「え、キリカって電車好きだったっけ?」
「ううん、でもね、ここは家族でよく来る思い出の場所なんだ」
館内はとても広く、パンフレットを二人して覗き込みながら歩く。
「電車をよく知らなくても、歴史がわかったり、実際に乗り込むことができたり……ほら、あそこに蒸気機関車!」
霧花が指さした先には、黒い煙突を輝かせたSLが展示されていた。
「おおー!すごい、こんなに間近で見たことないよ……」
「昔の電車とかも見られるから、すごく楽しいんだよね!ミカサだって、ほらこの電車とか見たことあるでしょ」
「あ!ほんとだ!すごい……これとか、写真でしか見たことなかった」
「だよねー!」
こんなに展示を楽しむことができる博物館は、他にあるのかというくらいに、天乃三笠と村雨霧花の二人組は、鉄道博物館を楽しんだ。
「あー、最高の一日だった!」
三笠は、博物館を出るなり大きく伸びをして言った。
隣で同じように、霧花も両手を広げる。
「ね?鉄道博物館、楽しかったでしょ?」
「うん!埼玉にこんなところがあるなんて知らなかった……。隣県まで来た甲斐があったわ」
「でしょでしょー!ふふふっ、絶対キリカなら鉄博を気に入ってくれるって思って」
三笠の隣で、大切な大切な友達は笑顔を弾けさせた。
「私も、ミカサと出かけることができて、よかったよ」
空は、夕暮れ色に染まっている。思った以上に長居をしてしまったらしかった。
「暗くなっちゃいそう。早く帰らないとね」
「そうね、とりあえず大宮まで出ないと」
最寄りの「鉄道博物館駅」から、一駅――「大宮駅」で、千葉方面へと帰る列車を探す。
「えー、っと……ミカサ。私達、どの路線で来たっけ?」
「たしか、京浜東北線」
「そうかそうか、どこだ……?」
「あ、このホームだ」
しばらくの後、三笠が目当ての電車を見つけた。
「キリカ!ほら、こっち」
自分の隣を歩いているであろう村雨霧花の方を向くが――――。
「…………キリカ?」
天乃三笠の右隣に、親友の姿は無かった。
「え、まさか、迷子?」
慌てて後ろを振り返って人混みに目を凝らしたり、左右をキョロキョロしてみたりするが……
「どこに……行ったの?」
村雨霧花の姿は、どこにもない。
そのとき――――。
何者かが、三笠の肩をぐいっと強く掴んだ。
「!?」
〈貴女が探しているオトモダチって、もしかしてこの子だったりするかな?〉
艶やかな声が、三笠の耳元で聞こえる。
(誰……?)
振り向こうとするが、身体中が警告を発していた。
『関わってはいけない、振り向いてはいけない』
その間も、何者かは三笠に向かって語りかける。
〈ほらぁ、こっち見てよ。この子だよ、この子。ヒメカの腕の中で気絶している、この女の子〉
(この人は、ヒメカっていう名前……?そして気絶している……?まさか、キリカだったら)
三笠は身体の警告に抗って、勢いよく振り向いた。
その視線の先に、居たのは…………
〈あ、振り向いてくれたー!ヒメカ、嬉しくなっちゃう〉
メイド服のようなワンピースを着こなした、赤黒い髪の少女。
上目遣いで、三笠の両目をしっかりと捉えている彼女の瞳の中には、禍々しい色が渦巻いていた。
そして、その腕の中には……
「キリカ!?」
天乃三笠の親友である村雨霧花が、ぐったりとした様子で抱えられているのであった。
「ちょっ、き、キリカに何したの!?」
〈うふっ、ちょっとだけね、負の感情を入れたの!〉
負の感情を、入れる……?
まさか、この女の子は。
「まさか……あなた、呪鬼?」
〈今頃気づいたの?〉
美少女の形をした呪鬼は、妖艶な笑みを、その唇の端に浮かべた。
〈私の名前は『早乙女姫華(さおとめ ひめか)』――カタカナで、『ヒメカ』って呼んで?〉
三笠はそのセリフに思わずツッコむ。
「カタカナでも漢字でも、同じなんじゃ……?」
〈ツッコんでる、場合なのかな?〉
呪鬼――早乙女ヒメカが嘲笑った。
〈周りをもっと、よく見たほうがいいよ〉
三笠はその言葉にハッとして、あたりを見渡す。すると、駅構内の床から、黒い闇が湯気のように漂い上ってきていた。
「うそ、でしょ……?まさかこれって」
〈そうだよ。貴女がヒメカとの会話に気を取られてるうちに、結界、張っちゃった〉
ヒメカが、力強く床に踏み込み、キリカを抱えていない方の手で印を結び始めた。
〈『呪詛結界・独裁王国』〉
その声に、闇が一気に三笠とヒメカ、そして霧花を包み込む。
〈ようこそ、ヒメカだけの王国へ〉
早乙女ヒメカは、呆然と立つ天乃三笠を蔑んだような目で見下げた。
〈オトモダチとの思い出作りを穢しちゃって、ゴメンネ?でもね、しょうがないんだよ。オトモダチまで巻き込むことになっちゃったのは――貴女が、特別な存在だからよ〉
その言葉に、三笠は思わず目を見開く。
〈さて、どうすればいいんだろうね?大事なオトモダチを人質を取られて、呪詛結界に閉じ込められて〉
呪鬼は、赤黒く煌く自身の髪を片手で掬い上げながら高らかに笑った。
〈さて、どうする……?『除の声主』の、お姉さん?〉
呪鬼に完全有利な呪詛結界の中で、天乃三笠は俯くことしかできない――。
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