第二十章 穢される思い出


「で、キリカ」


 三笠は電車に揺られながら聞いた。


「大宮行くったって、どこに行くの?なにするの?」

「あれ、言ってなかったっけ」

「うん、てっきり買い物かと思って、あまり詳しく聞かなかった。買い物するで、あってる?」

「ノンノン」

「あれ、違うの?じゃあどこ行くの?」


 ショッピングが好きなキリカのことだから、大宮に出てから、そのひとつ先の駅にある大きな商業施設に行ったり、駅ビルをうろついたりするもんだと思っていたけど……。


「テッパクよ、テッパク」

「……テッパク?」


「そう!大宮にある『鉄道博物館』!」


 ……なに、それ?





「ここが……鉄道、博物館?」 


 目の前に在る、本物の電車の展示を見ながら三笠は霧花に聞いた。二人は、大宮駅に着いたあと、また別の路線に乗り込んで「鉄道博物館駅」に降り立ったのだった。


「そうだよ!全国の鉄道オタクが集まると言っても過言ではない場所!」

「え、キリカって電車好きだったっけ?」

「ううん、でもね、ここは家族でよく来る思い出の場所なんだ」


 館内はとても広く、パンフレットを二人して覗き込みながら歩く。


「電車をよく知らなくても、歴史がわかったり、実際に乗り込むことができたり……ほら、あそこに蒸気機関車!」


 霧花が指さした先には、黒い煙突を輝かせたSLが展示されていた。


「おおー!すごい、こんなに間近で見たことないよ……」

「昔の電車とかも見られるから、すごく楽しいんだよね!ミカサだって、ほらこの電車とか見たことあるでしょ」

「あ!ほんとだ!すごい……これとか、写真でしか見たことなかった」

「だよねー!」


 こんなに展示を楽しむことができる博物館は、他にあるのかというくらいに、天乃三笠と村雨霧花の二人組は、鉄道博物館を楽しんだ。




「あー、最高の一日だった!」


 三笠は、博物館を出るなり大きく伸びをして言った。

 隣で同じように、霧花も両手を広げる。


「ね?鉄道博物館、楽しかったでしょ?」

「うん!埼玉にこんなところがあるなんて知らなかった……。隣県まで来た甲斐があったわ」

「でしょでしょー!ふふふっ、絶対キリカなら鉄博を気に入ってくれるって思って」


 三笠の隣で、大切な大切な友達は笑顔を弾けさせた。 


「私も、ミカサと出かけることができて、よかったよ」


 空は、夕暮れ色に染まっている。思った以上に長居をしてしまったらしかった。


「暗くなっちゃいそう。早く帰らないとね」

「そうね、とりあえず大宮まで出ないと」


 最寄りの「鉄道博物館駅」から、一駅――「大宮駅」で、千葉方面へと帰る列車を探す。



「えー、っと……ミカサ。私達、どの路線で来たっけ?」

「たしか、京浜東北線」

「そうかそうか、どこだ……?」


「あ、このホームだ」


 しばらくの後、三笠が目当ての電車を見つけた。


「キリカ!ほら、こっち」


 自分の隣を歩いているであろう村雨霧花の方を向くが――――。


「…………キリカ?」



 天乃三笠の右隣に、親友の姿は無かった。


「え、まさか、迷子?」


 慌てて後ろを振り返って人混みに目を凝らしたり、左右をキョロキョロしてみたりするが……


「どこに……行ったの?」



 村雨霧花の姿は、どこにもない。











 そのとき――――。


 何者かが、三笠の肩をぐいっと強く掴んだ。


「!?」


〈貴女が探しているオトモダチって、もしかしてこの子だったりするかな?〉


 艶やかな声が、三笠の耳元で聞こえる。


(誰……?)


 振り向こうとするが、身体中が警告を発していた。


『関わってはいけない、振り向いてはいけない』


 その間も、何者かは三笠に向かって語りかける。


〈ほらぁ、こっち見てよ。この子だよ、この子。ヒメカの腕の中で気絶している、この女の子〉


(この人は、ヒメカっていう名前……?そして気絶している……?まさか、キリカだったら)


 三笠は身体の警告に抗って、勢いよく振り向いた。


 その視線の先に、居たのは…………


〈あ、振り向いてくれたー!ヒメカ、嬉しくなっちゃう〉


 メイド服のようなワンピースを着こなした、赤黒い髪の少女。


 上目遣いで、三笠の両目をしっかりと捉えている彼女の瞳の中には、禍々しい色が渦巻いていた。


 そして、その腕の中には……


「キリカ!?」


 天乃三笠の親友である村雨霧花が、ぐったりとした様子で抱えられているのであった。


「ちょっ、き、キリカに何したの!?」


〈うふっ、ちょっとだけね、負の感情を入れたの!〉


 負の感情を、入れる……?


 まさか、この女の子は。



「まさか……あなた、呪鬼?」


〈今頃気づいたの?〉


 美少女の形をした呪鬼は、妖艶な笑みを、その唇の端に浮かべた。


〈私の名前は『早乙女姫華(さおとめ ひめか)』――カタカナで、『ヒメカ』って呼んで?〉


 三笠はそのセリフに思わずツッコむ。


「カタカナでも漢字でも、同じなんじゃ……?」


〈ツッコんでる、場合なのかな?〉


 呪鬼――早乙女ヒメカが嘲笑った。


〈周りをもっと、よく見たほうがいいよ〉


 三笠はその言葉にハッとして、あたりを見渡す。すると、駅構内の床から、黒い闇が湯気のように漂い上ってきていた。


「うそ、でしょ……?まさかこれって」


〈そうだよ。貴女がヒメカとの会話に気を取られてるうちに、結界、張っちゃった〉


 ヒメカが、力強く床に踏み込み、キリカを抱えていない方の手で印を結び始めた。


〈『呪詛結界・独裁王国』〉


 その声に、闇が一気に三笠とヒメカ、そして霧花を包み込む。


〈ようこそ、ヒメカだけの王国へ〉


 早乙女ヒメカは、呆然と立つ天乃三笠を蔑んだような目で見下げた。


〈オトモダチとの思い出作りを穢しちゃって、ゴメンネ?でもね、しょうがないんだよ。オトモダチまで巻き込むことになっちゃったのは――貴女が、特別な存在だからよ〉


 その言葉に、三笠は思わず目を見開く。


〈さて、どうすればいいんだろうね?大事なオトモダチを人質を取られて、呪詛結界に閉じ込められて〉


 呪鬼は、赤黒く煌く自身の髪を片手で掬い上げながら高らかに笑った。


〈さて、どうする……?『除の声主』の、お姉さん?〉


 呪鬼に完全有利な呪詛結界の中で、天乃三笠は俯くことしかできない――。

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