【大宮駅の呪詛結界編】

第十八章 三笠と霧花


 天乃三笠の初任務――アオゲサ討伐から、数週間が経つ。その間も、ハルとアキは単独任務にでかけたり、三笠もそれについて行ったりして、普段の生活と呪鬼祓いを両立させていた。


 学校の方も、そろそろ一学期が終わりに近づいてきている。三笠がこの町に引っ越してきたのは、若葉が薫る五月だった。今は七月中旬。もう少しで、夏休みというところ。


「うっげ……」


 ある日の教室。苦悶の表情を浮かべていたのは――ハルだった。


「学年180位だ」


 そう、今はなんと、期末テストの結果が返される時間。担任の春過夏来が一人ひとりに五教科の点数と合計の順位が記されたテスト個票を返却している。ちなみに、全学年の人数は、190人である。


「次、女子、名前順に返すぞー」


 春過先生は、年齢不詳の男教師である。若く見えるのに、雰囲気はベテラン。そんな彼がテストを重々しく返しているため、教室の雰囲気も暗くなっている。


「相原ー、秋野ー、天乃ー」


 あ行の女子が呼ばれていく。天乃三笠は、自分の名前を聞き取り、席を立った。先生から裏返しにされた個票を受け取り、そそくさと自席へと戻る。


(お願い……!どうか順位は半分以上で!)


恐る恐る白い紙を開くと……。


「よ、よかった」


 飾り気のない表の「学年順位」の項目を見ると、「76」という数字が見えた。


(……半分よりは上だったし、思ったより良かった)


 各教科の点数を見ても、平均を下回っているものは一つもなく、そこそこの出来だ。


 三笠が顔を上げてそっと隣を見ると、体中から青白い冷気を発している男子がいた。


「ひゃくはちじゅうい、ひゃくはちじゅうい、やばい、おれ、おわった」


 どうやら、賀茂晴の順位は180位らしい。


(つまり下から十番目ってことね……)


 今度は前の席を見る。三笠の視線の先には、いつも通り澄ました顔をした賀茂明がいる。その口元が、心なしか笑っているように見える……ということは、アキが笑うほど良い順位ということなのだろう。


「えー、今回のテストの雑観だが」


 担任が口を開く。三笠も彼の方を向いて、きちんと話を聞く姿勢をとる。


「俺の担当してる数学の平均点が、著しく悪かった。今回は少し難しめに作ったが、一応平均設定は70点。しかし皆がとったのは60点前後が多かった。最初の方の問題で勘違いをしている人が多かったのがあるから、そこを、次の数学の授業で解説する」


 なるほど、皆のテストの出来が悪かったから、春過先生の機嫌が悪いのか。


 納得しながら、三笠は隣の席を見やった。そこにはまだ、重い空気を発しているハルがいるのだった。



 その日の昼休み。


 三笠の親友・村雨霧花が、やけに高いテンションで三笠の机にやってきた。

「やっほーい!ミカサ!!」

「おわぁ!?キリカ!?」


どうしたの、と怪訝そうに聞くミカサにキリカは意味有りげな笑みを送る。


「もうすぐ夏休みだねん」

「そうだねぇ……」

「夏休みといえば」

「シュクダイ」


 即答した三笠。霧花は苦悶の表情を浮かべる。


「うげぇ。夢がないなぁミカサは」

「どーゆーことよ」

「だーかーらー、夏休みっていえば、時間ができるでしょ?学校ないから」

「そうだね」

「そこで!」


 霧花は片手を上げ、宣誓するように言った。


「ミカサ、私と出かけよう!」

「ええ!?」


 霧花はため息をつきながら口を開く。 

「ミカサさぁ、私達が出会ってもうすぐ二ヶ月半ってのは知ってると思うけど」

「もうそんなに経つの!?」

「そ。で、その二ヶ月の間!私達はまだ遊んだことがないのよ」

「そうだっけ」

「そう!休日遊びに誘っても、ミカサは大抵用事があるとか、あんまり乗り気じゃないとか言ってて、全然遊べてなかったのよ」


ああ、それは……と、三笠には思い当たるフシがあった。


(たぶん休みの日ほど呪鬼退治に行ってる確率が多くて……私の身代わり式神が、気のない返事をしてるのね。ごめんね、霧花……)


 三笠は、呪鬼祓いと勉学は一応両立させているものの、友達付き合いをあまりしてこなかったな……と自身を反省した。


「よし、わかった!」


 友情の埋め合わせするのにも、夏休みはいい機会なのかもしれない。


「一緒に出かけよう!」


 張り切って答えた三笠に、霧花は「そうこなくぅちゃ!」と笑顔になる。


 こうして、天乃三笠の夏休みの予定第一号が入ったのだった。



 しかし……この楽しくなるはずの予定が、あんな出来事を招くなんて――――


 誰も、考えてはいなかった。

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