第十七章 報告、そして


桜咲舞花は、中学生たちと別れ家へと向かった。歩きながらスマホを取り出し、近隣住民に迷惑にならない程度の声の大きさで、ある処へ電話する。


 それは、報告の電話——。


 プルルルルー、プルルルルー。


『もしもし、こちら「祓」関東支部です』

「もしもし、千葉県担当の桜咲舞花と言います」

『あ、はい』

「本日の呪鬼滅殺の報告です。千葉県南部の寺院の件、賀茂明・賀茂晴・桜咲舞花、あと天乃三笠によって、無事任務完了しました」

『了解しました。お勤めご苦労様です。怪我人等は、いませんか?』

「はい、いません」

『それは朗報です。報告、確かに受け取りました。ありがとうございます。他に、何かありますか?』

「あ、いや……あ、あの、天乃三笠、さん。すごいですね、彼女」

『ああ、「除の声主」の。先日、賀茂さんから報告があったので、千葉県に配属しておきましたけど』

「なんか、同じ結界内にいるだけで、心強くなるっていうか。声もそうですけど、やはり素質があるんでしょうね。呪鬼が弱っていく感じが、よくわかりました」

『そうですか……「除の声主」は貴重な存在ですからね。守っていかねばいけませんね』

「ほんと、そうですね。あ、はい。もうありません。はい、大丈夫です」

『では改めて、お疲れさまでした。今夜はゆっくりとお休みください』

「はい、失礼します」


 ツーツーツー。



 瞬く間に広がる、『除の声主』が現れたという知らせ。



「んでさー、舞花から聞いたんすけど『除の声主』が現れたらしいんですよ。名前は天乃三笠ちゃん。この千葉県だって」


 学校へ行く途中、歩きながら電話をする男子高校生。桜咲舞花とよく似た髪色をしているこの少年——名は桜咲舞桜(さくらざき まお)。


『そうなんだ。除の声主かぁ……呪鬼に狙われやすいからね。気を付けないと』


 電話の相手の男は、ノートパソコンの前に座って必死に大学のレポートを仕上げている。彼は佐々木峻佑。同じく千葉県担当の陰陽師。



「珍しいやん。華白からLINEしてくるなんて。いつもウチからやのに」


 大阪府『流』・龍宮蜜葉(りゅうみや みつは)はスマホの画面を見ながら呟いた。彼女のスマホには、同じく都道府県を取りまとめる立場にある、夜鑑華白(やかがみ かはく)からのメッセージが表示されていた。


「百年ぶりに『除の声主』が出現した」


 華白の白い指先が、画面をたたく。


「しかも、わたしが担当しているこの千葉に」


 白く輝く長い髪を夜風にたなびかせる彼女は、千葉県『流』なのであった。



 この知らせは、『流』のネットワークに流れる。

「へえ……、『除の声主』がね」

 京都府京都市——西本願寺の門の前で、なぜか早朝から自撮りをしている男がいた。

「なんか、めんどいこと起きなええけど」


 彼の名は、一条柚琉(いちじょう ゆずる)。京都府『流』を務める、歴史学専攻の大学三年生だ。



 

 白衣の男は、自宅のデスクトップパソコンに届いた通知に驚いた。

「なんと……百年ぶりか」

 男は、『祓』の専属医師だった。本名も年齢も不明。しかし怪我を治す術式の腕だけは確か、という謎の人物である。

「なぜ除の声主の声が呪鬼に効果的なのか、まだ解明されていないんだったよな……。声主さん、声帯を解剖させてくれないかな」

 一人つぶやく彼は、陰陽師たちから『アキラ・クレメンティ』と呼ばれている。なぜか海外風の名前だが、アキラ・クレメンティは紛れもない純日本人なのであった。



 そして、最強の陰陽師『巴』にも、『除の声主』が現れたという報告がなされた——。


 

 その一人、氷室雪吹(ひむろ ふぶき)は、かかってきた電話に顔をしかめた。

 メッセージアプリのグループ通話機能。

 そのグループの名は『俺たち最強☆巴』。


『 ☆SEIYA☆ さんが グループ通話を開始しました』


「うっげ、出たくねぇ……」


 しかし、業務連絡かもしれないと思い、しぶしぶ通話開始ボタンを押す。


「なんなんだ、琴白。殺すぞ」


『いやあ~、ごめんね、フブキちゃん』


 通話を開始した、この個性強めの男は『巴』の一人——琴白星哉(ことしろ せいや)である。


『実は、興味深い話があって。マシロくんが来たら始めようかと』

[すんません、遅れました]


『いやあ、大丈夫だよぉマシロくん』


 のんびりした声で答える琴白。その言葉にいら立つ氷室。


「おい、早く話始めろよ」


[今日は、何の話ですか?]


 少年が聞く——彼の名は古闇真白(こやみ ましろ)。齢13歳にして、陰陽師の最高位『巴』にまで上り詰めた天才である。


『よくぞ聞いてくれた。実はね……千葉県の「流」からの報告で「除の声主」が私たちの仲間になってくれたらしいんだよ』


「!」

[!]


 驚く二人。琴白は静かに続ける。


『フブキちゃん、マシロくん。これはチャンスだよ。私たちにもたらされた運命の分岐点だ。これをうまく利用すれば——そのときは、大望を達成できるかもしれない』


「大望を達成……それは」

[哀楽を倒せるかもしれない、ということですか]


『いやあ、まだ希望的観測の域を出ないけどね。それでも』


 琴白は小さく笑いながら、しかし力強く言った。


『今の私たち巴は、歴代最強だと言ってもいいくらいの実力だ。そして、「流」にも実力者がたくさんいる。もちろん平陰陽師にも。そのうえに、「除の声主」の出現だ』


 『巴』の方針が、ある方向へとむき出した。


 琴白星哉、氷室雪吹、古闇真白。三人が心を合わせる。


『私たちで、戦いを終わらせるんだ』



 桜咲舞花は切れた携帯電話をしばらく見つめていたが、やがて再び歩き出す。


 見上げれば、満月————『祓』と呪鬼をめぐる怒涛の一年が、始まろうとしていた。


 


【桜咲く初任務編】 了

次章からは【大宮駅の呪詛結界編】が始まります。




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