第十六章 初任務完了
はらはらと、音もなく消えゆく呪鬼を、三人の陰陽師と一人の少女は長い間見つめていた。賀茂明と賀茂晴の双子の『共技』・『九字印除霊法』によってこの世から消え去った呪鬼・アオゲサ。彼は、三体に分かれて陰陽師たちの戦力を分断しようと試みたようだが、かえってそれが結界を三重に張らせてしまうことになり、仇をなしたようだった。
「アオゲサ、消えちゃったね」
先ほどまでは結界がたくさん展開されていたせいか、術式の光のおかげで少し灯りがあった。しかし三人とも結界を解いた今、寺の境内は闇に包まれている。かろうじて、街灯の明かりでお互いの姿がわかるくらいだ。
「ん。任務完了」
舞花が静かに言う。その一言を聞いた三笠の体に、どっと疲れが押し寄せた。
「お疲れさん」
「お疲れ様」
ハルとアキの双子もお互いをねぎらいあう。三笠はその光景を見て、「平和が一番だな」と思った。それと同時に、自分が陰陽師を目指す意味も見えてきた。
『この平和を守る』——そのために私は呪鬼を祓う力をつけたい。
きっと呪鬼に、知らず知らず苦しめられている人はたくさんいるはず。ハルとアキに出会えて、『除の声主』の力を持つという、そういう運命にあった私が——困っている人たちを助ける。
でも……そういえば、どうしてアキやハルや舞花さんは陰陽師をしているんだろう?
気になった三笠は聞いてみた。
「あの、このタイミングでごめん。なんで皆は陰陽師してるの?」
静かな空間に突如放たれた少女の疑問。三人とも驚いていたが、最初に答えてくれたのはアキとハルだった。
「僕らは……家業だから、かな」
「賀茂家は代々陰陽師の家柄らしい」
「じゃあ、舞花さんは……?」
三笠は、赤髪の少女に向き直った。見た感じ、それと話した感じも、普通の女子高生っぽい舞花さん。そんな彼女がどうして、命をかけてまで呪鬼退治をしているのか。
答えは、賀茂の双子と同じだった。
「家業だからよ。桜咲家も代々陰陽師でさ」
「へえ……陰陽師の家柄の人って、意外に多いんですね」
「ていうか、家業だからやってるって人の方多いと思うぞ」
口をはさんだのはアキ。
「全国統計取ってみても、家が代々……っていう陰陽師は、たぶん七割を超える」
「そんなに!?」
大げさに驚く三笠を見て、ハルが笑う。そのとき舞花が、「あと……」と恥ずかしそうに付け足した。
「あたしが陰陽師をやっている理由、もう一つあって」
「え、なんなんですか?」
興味津々の三笠。ハルとアキは察したようにお互い頷き合う。
「実は……お、お兄ちゃんがやってるから」
「お兄さんがいらっしゃるんですか!?」
目を丸くする三笠。
「一人っ子の私には、羨ましいです。どんなお兄様なんですか?」
「ええっとね……」
舞花の口から飛び出したのは、長い長いお兄様への称賛の言葉だった。
「な、名前は『舞桜(まお)』って言うんだけど……あ、あたしの双子の兄なの。で、えっと……まずは優しくて、料理も上手で、勉強もたまに教えてくれるし、ときどき喧嘩するんだけど、でもたいていはすぐに仲直りできて、あとは呪法を唱えてるときとかカッコよくて男前で、同い年とは思えないほどにしっかりしてて、それで……」
「ちょ、ちょ、舞花さん、ちょぉっとストーップ!」
三笠が止めに入るが、舞花は聞かない。明後日の方向を向いて、ひたすらに双子の兄への想いを口にしている。
ちょっと引き気味にしている三笠の肩を、ハルが叩いた。
「ミカサ、気にするな。舞花はああいうやつだ」
アキも呆れながら言う。
「確かに桜咲舞桜は、かっこいい。男の僕らから見てもあこがれる。だがな……」
ハルとアキが口をそろえた。
『舞花は明らかにブラコンだ』
(……そ、そうなんだ……)
三笠は改めて舞花(まだ兄をほめたたえている)を見た。
中学二年生の三笠から見て、舞花は三つ年上のお姉さん。でも、話していると気が合いそうな、優しい人だった。そして、呪法が綺麗だ。
(私もいつか、舞花さんのような陰陽師に……)
心の内で、ひそかに思う三笠であった。
「あ、でもちょっとまって」
三笠の二度目の質問に、ハルとアキは眉をひそめる。
「なんだ」
「本部からの告知には、『呪鬼複数体』がいるって書かれてなかった……?アオゲサも呪鬼を増殖させてるって自分で言ってたし、それは祓わなくて大丈夫なの?」
「ああ、それはね」
ようやく兄への言葉を言い終わったらしき舞花が、丁寧に答えた。
「呪鬼の特性として、陰陽師が呪鬼を倒せば、その呪鬼が増やした呪鬼も滅することができるっていうのがあるんだよ」
ハルが続ける。
「そう。だから、今回の呪鬼発生の根源であるアオゲサを倒したってことは、アオゲサが増殖させていたという呪鬼も倒せたってことなのさ」
「なるほど……」
「だから、その理論で行くとこうなる」
アキが人差し指をぴんと立てた。
「呪鬼の祖・『哀楽』を倒せば、この世の呪鬼はすべて滅せられる」
「『哀楽』って……あれだよね、ヤマトタケルとクマソがなんたらってやつ」
「そうそう」
(つまり、哀楽さんを倒せば、呪鬼がいなくなる……呪鬼によって引き起こされている嫌なことがなくなる……笑顔になれる人が増えるのでは!?)
三笠はそう考えて、三人に言った。
「よし、哀楽さんを倒そう!」
やる気に満ち溢れた満面の笑み——しかし。
「は?」
「え?何言ってるんだ?」
ハルとアキに「頭おかしいのか」と言われる始末。舞花が慌ててフォローを入れる。
「哀楽っていうのはね、呪鬼の祖。つまり、日本中の呪鬼を束ねてるの。だから、そんな簡単に姿を見せないと思うし、なにより強いに決まってるわ。あたしたちなんかじゃ、とてもとても……」
アキが苦い顔をして言った。
「お前は、まずそんな夢見る前に、『和歌呪法』の習得な。また帰ったら色々教えてやるから」
三笠はしばらくふてくされていたが、やがて復活した。
「ん。わかった。私、頑張る!」
「いい心がけだ。馬鹿双子に挟まれて大変だと思うけど、頑張ってね」
舞花の言葉にうなずく三笠。
「おい、舞花……言わせておけば」
「お前らだって双子のくせによ」
ハルとアキが口をとがらせるが、舞花は聞く耳を持たない。
「よぉし、じゃあ、帰ろー!」
桜咲舞花は天乃三笠の手を取って歩き出した。
そのあとから、文句を言いながらも賀茂明と賀茂晴がついていく。
そんな四人を、空に浮かぶ月が煌々と照らしていた——。
これが、『除の声主』の少女・天乃三笠の初任務の顛末である。
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