第十四章 結界合戦


 少し時を遡って……ハルと舞花が戦いを開始したそのころ。アキと三笠もまた、アオゲサのうちの一体と向き合っていた。


「天乃三笠」

 アキがアオゲサに目を向けたまま呼びかけた。

「桜咲舞花は僕にお前を守りながら戦え、と言った。だがしかし、僕にその気はない」

 三笠は目をむく。

「ちょ、ちょっとどういうこと!?」

「お前にも前線に立って戦ってもらう。ハルが言う『実戦で学べ』とはそういうことだ」

「……え、ちょ、まだ心の準備が……」

「大丈夫だ」

 眼鏡の陰陽師は、一瞬だけこちらを見やった。

「お前には、『除の声主』の力があるんだから」

 三笠を信頼してるのか、それとも脅したいのか。彼の真意は読めないまま。


(でも——)


 三笠は、目の前の青肌の呪鬼を睨んだ。


(敵がいるんだから、やるしかないよね)


 敵——アオゲサがゆっくりと二人へ歩み寄る。

〈こっちは一人なのに、そちらは二人か?一対二なんて不平等じゃないか〉

 耳に障る、奇妙な声音。嫌な感じだ。三笠は思わず後ずさりする。

〈おやおや〉

 アオゲサが三笠の動きを目にとめた。

〈もしかして、オレが怖くて逃げようとしてるのかなーあ?〉


「ち、違っ……」


 三笠は答えかけて、やめる。

(ううん、違くない。私はコイツが怖いんだ。得体の知れない『呪鬼』が——)


 黙り込んだ三笠を見て、アオゲサは嗤う。

〈お前、本当に陰陽師か?げはは、違うんだろ。ただ単に巻き込まれただけなんだろ〉


(巻き込まれたわけじゃない……自分で、陰陽師やるって言ったんだ。だけど……私はまだ、陰陽師ではない)


〈おいおい、やっぱり一般人じゃないか〉

 三笠とアオゲサの距離は近づくばかり。

〈知ってるか?こういうとき、陰陽師は『和歌呪法』とやらを唱えてるんだぜ。だけどお前は何もしない。つまり戦い方を知らない〉


 その通りだ。三笠は情けなくなって唇をかむ。

 そのとき、ずっと黙っていたアキが口を開いた。

「天乃三笠、なにか喋れ。そうすることでアイツは弱る」

「ほんと……?」

「ああ、お前はまだ『和歌呪法』を使えない。だが『除の声主』なんだから素質はあるはずなんだ」


 アキは御札を取り出した。


「お前がアオゲサを弱らせてくれたら、僕が必ず叩く。だから、お願いだ。僕の言葉を信じろ」


〈何やら二人でこそこそと話してるみたいだが、陰陽師くん〉

呪鬼の目線はアキに向いた。

〈こっちの女の子は陰陽師じゃあ、ないんだろ?この子を守りながらオレと戦うのは無理だぜ〉


「それはどうかな」

 強気に出るアキ。


『和歌呪法・白露に』


 青みがかった白い光が、炸裂した。アキが自分の和歌呪法を放ったのだ。


『結界展開・秋の野』


 夜が深くなってきた境内に、涼やかな風が吹いた。あたりに舞う桜の花びらに、露が混じり始める。まるで真珠のような輝きを放つ水滴の美しさに、三笠は目を奪われた。


(これがアキの、専用結界……)


 すると、アオゲサも対抗して自身の結界を展開しようとする。

〈『呪詛結界・青の観音堂』〉

 瞬く間に、呪鬼の背後から巨大な闇が押し寄せた。


 その闇は、まだ展開途中だったアキの結界をも吞み込もうとする。


「くっ……」


 アキは思わず顔をしかめた。


「天乃三笠!コイツは『結界合戦』に持ち込むつもりだ。これに負けたら僕らは一生出られなくなるぞ」


『結界合戦』——それは、陰陽師と呪鬼との結界の張り合いのこと。まだ未完成な相手の結界面に、自分の結界を展開させてぶつける。そうすることで、どっちが結界を張れるかの戦いが始まる。そして——呪鬼の『呪詛結界』に取り込まれたら最後、そこから出るのは至難の業だ。永遠に呪詛結界の中にとらわれてしまうことも考えられる。


しかし、三笠には伝わらない。

「なにそれ!?結界合戦?」

「あー、もういい!とにかく早く呪鬼を弱らせろ!」


 アキはまた、印を結ぶ両手に力を込めた。


『白露に 風の吹きしく 秋の野は』


 三笠は何が何だかわからず、立ち尽くしていた。だが、ちらりと目をやった先のアキの表情を見て心を決める。


(なに、あの真剣な顔……あんなアキの顔、見たことないよ)


 私が、アキを——助けなければ。


 無意識に三笠は叫んでいた。


「アオゲサさん!」


 アオゲサは突如発せられた、ノーマークの少女からの呼びかけに一瞬驚く。

 三笠はつづけた。


「アオゲサさんの名前を付けてくれた『或る御方』って、誰なんですか!?」


〈は?……それは、ホク……おおっと。あぶねえ。言わねえよ」

「ホク、から始まるお名前の方なんですね?」

〈だから言わねえって言ってるだろ、バカ娘〉

「はあ?誰がバカ娘ですって?」

〈お前だよ、この、役立たずの小娘が〉


 三笠はアオゲサの言葉に一時ひるんだ。


〈ほら、こんなによぉ。オレとの結界合戦を受けて立っている陰陽師くんは頑張っているというのに〉

 アオゲサは嗤いながらアキを見る。

〈なのにお前は何をしてるんだ?〉

「わ、私は……」

〈何にもしてないんだろ。まあ別に俺には関係ねーけど。この陰陽師くんを呪詛結界に閉じ込め終わったら、次はお前だからな。あ、いや、ちょっと待てよ。ほかの陰陽師たちを片付けてからだ。そしたら、たっぷりお前と遊んでやるからな〉

「……わ、私だって頑張ってるよ!」

〈なーに戯けたことを〉


 アオゲサが再び嘲笑したときだった。


「天乃三笠は頑張ってるよ」


 アキは相対しているアオゲサの目を、まっすぐに見て言った。


「なぜなら、天乃三笠は『除の声主』なんだからな!」


呪鬼の双眸が見開かれた。


〈な……!『除の声主』だと……〉


「お前は知らず知らずのうちに、弱ってたんだよ」


 アキの放つ白い光が、アオゲサの闇を覆い始める。


「この結界合戦、僕の勝ちだ!」


 涼やかな風が再び吹き始める。きらめく朝露が、闇を裂く。


『つらぬき留めぬ 玉ぞ散りける——!』


〈おいおい、まじかよ……〉


 アキの結界が、アオゲサの呪詛結界を包み込んだ。『除の声主』の力によってアオゲサの呪力が弱まったスキに、アキが押し返したのだった。


「ナイス、天乃三笠」


 アキの笑顔に、三笠の心がほんの少しだけ温かくなった。


「さあ、おしまいだよ」

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