第十三章 咲き誇る八重桜
ハルが専用結界を張り終えたころ——。
桜咲舞花も、アオゲサの一体と接近戦を繰り広げていた。
その華奢な体からは予想できないスピードのパンチが飛んでくる。
「ハル……あいつ、結界張りやがったな」
舞花は自分の結界内に張られたもう一つの呪法空間の存在を感知した。
「まあ、結界が二重になるってことだから、その分戦いやすくなるでしょ」
そう言いながら、放つ蹴りは鋭い。
人語を話せる程度の知能を持つ呪鬼を相手に、他人のことを気にしながら互角に戦える桜咲舞花。わずか16歳。花の女子高生だが、代々陰陽師の家系である桜咲家に生まれた少女は類稀なる才能を持っていた。
「アキとミカサは大丈夫かな」
〈お前こそ、人のことを気にしていて大丈夫なのか〉
アオゲサの気色の悪い声が舞花を笑う。
「それは、あんたもでしょ。あたしは話しながら戦ってても、全然平気だけど?あんたはどうなのよ、ほら、汗なんかかいちゃって」
〈馬鹿にしてんのかよ……〉
舞花は、可憐な顔に似合わぬ不敵な笑みを浮かべた。
「え、してるけど。それがなにか?」
アオゲサの纏う雰囲気が、怒りへと変わった。
〈ふざけるな——!〉
「ふざけてなんかいないわよ」
舞花はいったん跳び下がって距離をとる。
「ふざけてんのは、あんたの方よ。寺に住み着いて呪鬼増殖させてるなんて」
〈だから、仕事だと言ってるだろう〉
アオゲサは再び舞花に近づく。そして、至近距離で術式を唱え始めた。
〈『呪詛結界・青の観音堂』〉
呪詛結界——呪鬼自身が力を発揮しやすくなる呪法空間。これにとらわれると、出るのに時間がかかり厄介だ。
どうやらアオゲサは、舞花をこの中にとらえて、先にほかの三人を潰そうという戦略らしかった。しかし、さすがは桜咲家の出。舞花はそれを許さなかった。
まだ呪法を唱えているアオゲサを、めいっぱい蹴り飛ばしたのだ。
「可憐なJKに近づくな、この変態ゴミくそ野郎!」
〈何……っ!?〉
アオゲサには、蹴りのダメージよりも言葉のダメージの方が大きかったようだ。
「もう、接近戦は終わりよ」
〈まだまだだ……〉
「は?まだ近づくつもりなの?」
〈『呪鬼術式・青袈裟!』〉
呪鬼の反撃が始まる。
術式を唱えたアオゲサの両手から、青黒い闇の塊が放出された。「負の感情」の塊を具現化したものである。これに当たると、マイナスな感情に支配される——すなわち、この場面では戦意を喪失してしまうことになる。
「なるほどね、これであたしを支配しようっていうのね」
舞花に向かって投げつけられる闇を、彼女はひょいひょいと躱していく。
左に、右に、前に、後ろに。ジャンプして、アオゲサの攻撃を避けていく少女。
標的を失い地面に激突する青い闇球は、石畳を破壊していく。
「なにこれー、ダンスゲームみたいで面白いね!」
〈馬鹿にしてんのか……お前〉
「だーかーらー、馬鹿にしてるって言ってるじゃん」
ニタリと笑う、陰陽師。
「でもね、これじゃあ、あたしに勝てないよ」
舞花の言葉に、攻撃を一時やめるアオゲサ。
〈どういうことだ〉
「あなたって、ていうか、呪鬼って」
舞花は、左手に握っていた御札を右手に持ち直した。人差し指と中指の間に挟んで、顔の前でひらひらさせて見せる。
「ほーんと、頭悪いわよね」
形のいい唇から発せられる罵詈雑言。
「忘れちゃったの……?ここは、あたしの結界内よ」
だから、戦いは最初からあたしのほうが有利だったのよ。おわかり?
桜咲舞花は、そう言い終わると同時に、御札に術式を込め始めた。
『和歌呪法・いにしへの 奈良の都の 八重桜」
『祓』の陰陽師が使う『和歌呪法』。それは、主に二つの用法がある。一つは先ほどから舞花とハルが使っている『結界展開』。自分自身が戦いやすくなる呪法空間を作り出す術式だ。もう一つは、『御札除霊』という。その名の通り、特製の御札に術式を込め、それを対象に張り付けることで相手をこの世から滅殺できるという術式。舞花は今、それを放とうとしている。
彼女の手の中の紙切れが、淡いピンク色に染まり始めた。
心なしか、結界内の桜吹雪も激しくなってきている。
『今日九重に 匂ひぬるかな』
アオゲサは、身動きが取れなかった。目の前に出現した八重桜を、ただひたすらに見つめていることしかできない。
(〈なんだ……?これは……〉)
舞花は、目の前の憎き呪鬼に焦点を当てた。
一条天皇の御代に、古都・奈良から届いた八重桜。それが今は平安京で雅に咲き誇っていますよ……という、祝福の和歌。桜の美しさに喜ぶいにしえの人々の想いで、コイツを、倒す!
桜咲舞花は跳躍した。桜吹雪を纏いながら、薄桃色の御札を天にかざす。
『呪鬼 滅殺!』
舞花は全身の力を振り絞って、呪鬼の額に御札を張り付けた。
「この世から、さようなら!」
〈ぎゃああああああああああああああ!〉
舞花がシュタッと地面に降り立つと同時に、その背後でアオゲサは塵となって消えていった。
後には、何も残っていなかった。
いつの間にかあんなに激しかった桜吹雪も、ちらつく程度になっている。
「さて、ハルの方は大丈夫だと信じて、ミカサちゃんとアキを助けに行きますか」
桜咲舞花は歩き出した——賀茂明と、天乃三笠が戦っている方角へと向けて。
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