第十二章 アオゲサ
「見逃す?そんなわけないでしょ」
舞花が強気に出る。
「あたしたちは『祓』所属の陰陽師。何が何でもあんたみたいな『呪鬼』を滅する。それが仕事なんだから」
それを聞いた青肌の袈裟呪鬼。
〈ほう、『仕事』ね……。そしたらこっちも『仕事』なんだけどな。或る御方から頼まれて、『呪鬼』を増やす仕事をしてるんだが〉
試すような光を目に浮かべて、三笠たちを見下ろす。
「へえ……」
言い返すのはハル。
「『或る御方』?それは、誰なんだろうね」
〈言うわけないだろ〉
呪鬼の即答に、アキが切り返す。
「なるほど。そこまでの知能は持っていると」
呪鬼は顔をしかめた。
〈おちょくってるのかな?悪いけど挑発には乗らないよ〉
「わかってるって。知能を持ってるから、こんなに僕らと話すことができるんだろう」
会話を続ける三人と呪鬼。三笠は、その様子をドキドキしながら見ていた。
(こんなに話していていいの……?てか、アイツ何!?空中に浮いてる!しかも人の形して、お坊さんの服着てるんだけど……私がこの前襲われた『呪鬼』とは、別格なのだけはわかるわ)
〈なあ、自己紹介しあおうぜ〉
青肌の呪鬼は言った。三笠は思わず「へ?」と変な声を出してしまう。
舞花が聞く。
「自己紹介をする理由は」
〈仲良くなるのに、理由なんているのか?〉
ふざけた口調をやめない呪鬼。
「仲良くなるためなのか?じゃあ僕らは名乗らない」
アキが空中をにらみつけた。
「悪いが、呪鬼と友達になるつもりなんてないからな」
〈じゃあ勝手にしちゃうぞ〉
「どうぞご自由にー」
ハルはもう、よそ見をしている。三笠も呆れてきた。
(なんなの、この呪鬼……)
呪鬼は、袈裟の袖を風にたなびかせて言い放った。
〈オレの名は『アオゲサ』。或る御方にお仕えしている、呪鬼の一人だ〉
「はいはい」
あくまで聞き流す姿勢を変えない舞花。
(アオゲサって……青い肌に袈裟を着てるからってこと?単純な名前ね)
三笠の心の声が聞こえたのか。アオゲサは、人差し指をぴんと立て、地面に立つ四人へ向ける。
〈単純な名前だと、思っちゃあいけない。なんせ『或る御方』がオレのためだけに付けてくださった名前なのだからな〉
「はいはい、それで?自己紹介は終わり?」
三笠の隣に立つ女陰陽師の声からは、怒りの色が感じられた。
「そろそろ、そのうざい喋り方やめろ?早くあたしたちはあんたを祓いたいんだよ」
〈そうか……オレを祓いたいか……〉
突然、アオゲサの声が変わった。なんだ、何が来る?
ハルが違和感に気づいたようだ。
「みんなっ、構えろっ」
〈いいだろう。ただし、『祓えるのならば』だがな……?〉
突如、アオゲサの体が痙攣した。そして次の瞬間、なんと、先ほどまで彼がいた空間には、彼が三体いたのだった。
〈ふはは、どうだ。オレが三人になったぞ〉
四人は目を見開いたまま、動けずにいた。
青い肌の、袈裟姿が、空中に三体。
しかも、まったく同じ。変わっている部分など、一つもなかった。
「ちっ……分身術かよ」
舞花が、その愛らしい顔に似合わず舌打ち。
「さっきまでのおしゃべりは、大方体内で分身の準備ができるまでの、時間稼ぎだったってことか……」
アキが忌々しそうに吐き捨てる。
「どうする。相手は三体だぜ」
「分担しよう」
冷静に言ったのは、頼れる年上・桜咲舞花。
「あたしは一人で行く。ハルも一人。そしてアキ、あんたはミカサちゃんを守りながら戦え。いいな?」
「了解」
「とりあえず、あたしの結界内から出ないように戦うんだ。きっとあちらは脳内で連携を取りながら来る。こっちもお互いの様子がわかりそうなら、把握し合おう。で、自分の担当を倒せたら、ほかのやつに加勢する。それでいいか」
「どうすれば、アイツを倒せる?三体同時か?」
「わからない。分身したのか、あるいは増殖したのか……」
「もう、とりあえず戦おうぜ。これ以上相手に時間を与えない方がよさそうだよ」
「それもそうだな」
三笠は、三人の緊密な会話プレーを間近で見ていた。
(すごい。舞花さんも、ハルとアキも……)
これが、呪鬼とずっと戦ってきた『陰陽師』なんだ。
「アキ、ミカサのこと頼んだ」
ハルの言葉に、頷くアキ。
舞花がアオゲサに呼びかけた。
「あんたが三体になるんだったら、こっちもそれぞれ相手をする。いいか?」
〈そうか……まあ、それでも変わらない。一人ひとりつぶしていけばいいことだ〉
嘲笑する呪鬼。
舞花は、三笠たちの方を向いて言った。
「必ず生きて帰って来いよ」
「おう」「もちろん」「はいっ!」
そろわない返事。だが、皆の心のうちは、同じだった。
「よし、行くぞ!」
力強く、地面の石畳を蹴る。
舞花が、ハルが、アキと三笠が、それぞれ別方向へ走り出した。
*
ハルは、アオゲサを挑発する。
「鬼さん、こちら、手の鳴る方へ」
わざと明るく言いのけて、手をパンパンと打ち鳴らす。
「ほらー、足が止まってるよ?ちゃんと俺のこと追いかけなきゃ。ほーれ、こっちだよー」
アオゲサの一体が重力に体を任せて落ちてきた。見事に着地する呪鬼。
そして、一呼吸置いたあと、そいつはハルを追って地を蹴った。
交錯する陰陽師と呪鬼。
「舞花の結界内だけど、俺の結界張っちゃうね」
〈させるか……!〉
結界術式を唱えようとしたハルに近づき、渾身の蹴りを放つアオゲサ。しかし、ハルはそれをいとも簡単によけてみせる。
「あれ、全然当たらないねえ」
〈余裕ぶっていられるのは今のうちだ〉
「それは君もね」
蹴り、よけ。蹴られ、よけられ。
さすが呪鬼というべき攻撃のスピードに、ハルは苦しさも見せずについていく。
「スキあり!」
一拍遅れたアオゲサ。その攻撃の間に跳び下がり、距離をとる。
ハルは両手で印を結ぶ。
『和歌呪法・ひさかたの』
刹那、ハルの手と手の隙間から、春の暖かな日差しを連想させる輝きが、飛び出した。
陰陽師は、願いを込めて叫ぶ。
『結界展開・春の日』
桜吹雪の合間を、まばゆい光が走っていった。
賀茂晴の専用結界が張られたのである。
「ここからは、俺の独壇場だよ」
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