【桜咲く初任務編】
第十章 式神と初任務
約束の二時間後がやってきた。
天乃三笠は、やや緊張した面持ちで公園にいる。今回は、先ほどとは真逆で、三笠が一番乗りに着いていた。
「ハルとアキ、まだかな……」
口ではそう言いながらも、三笠の心の中には少しだけ恐怖心があった。
(呪鬼退治、するって言っちゃったけど……双子が来なければ、行かなくて済むもんね。やっぱり断った方がいいのかなあ。私、何もできないよ)
心なしか、快晴だった天気も、悪くなってきているようだった。
しばらく待つと、走りながら双子がやってきた。
「ミカサ、ごめん。遅くなった」
そういうハルの顔に、笑顔はない。
「はい、これミカサの式神」
素早く三笠の手に何かがわたる。
(……紙人形?)
それは、一枚のぺらりとした紙だった。人型をしている。
「式神……?どうやって使うの、てかこれなに」
「お前の身代わりだよ」
「身代わり……?」
アキの言葉に三笠は聞き返す。
「そうだ。今から僕らは任務に向かうだろ、でも明日は月曜日。学校だ。そこでお前がいなかったら、皆が怪しむじゃないか『どこへ行ったんだ』って」
「確かに……家でも、私が帰ってないって大騒ぎになる」
「だろ。だから、この式神を使うんだ」
アキはそう言うなり、紙人形を手のひらに載せて、ぼそぼそと呟いた。
『式神術式 賀茂明の身代わり』
すると、驚くべきことに、その紙人形がふわりと形を変え始めた。
「え、ちょ、ちょっと、どういうこと?」
一人慌てふためく三笠を、アキがにやにやしながら見つめている。
紙人形は、スタッと地面に降り立つ——もうこの時には、紙人形は紙人形でなくなっていた。それは、「賀茂明」の形をしていた。
「アキが……二人?どういうこと?ねえ」
公園の砂利の上には、賀茂明が二人立っていたのだった。
「今のが式神を用いた『身代わり術式』だよ。この式神は、俺たちの容姿だけじゃなくて、中身までコピーしてるから、ほぼ本人がするであろう行動をすることができるんだ」
ハルが説明しながら、自分の紙人形を手のひらに載せる。そして……
『式神術式 賀茂晴の身代わり』
瞬く間に、ハルの隣にもう一人のハルが出現した。
「ミカサもやってみな」
ハルの言葉に後押しされ、三笠も紙人形をつまみ上げる。それを手のひらに載せて……
『式神術式 天乃三笠の身代わり……?』
するとやはり、紙人形がみるみる間に形を変えて、天乃三笠がもう一人現れた。
お昼下がりの公園に、中学生が六人。それも二人ずつ同じ顔をしている。滑稽な情景だった。
「うへえ、なんか近くで見ると気持ち悪い。私とおんなじのが、もう一体いるなんて」
三笠は三笠(式神)から、少し距離を置いた。
その様子を、アキとハルは笑いながら見ている。
「こいつらが、任務の間は、この町で俺たちの身代わりとなって生活してくれるんだ」
「へぇ、すごい術式があるのね」
三笠が感嘆の息をつく。しかし「え、ちょっと待って」
「どうした」
「アキとハルって……今までも、こうして身代わりを立てて、任務に行ってたってこと?」
「そうだけど……それがなにか?」
ハルの無邪気な顔。
「え、じゃ、私、もしかしたら式神のハルとアキと会話してた時もあったかもしれないってこと……?」
「そゆこと」
あくまで当然だと言ってのけるアキを見て、三笠は思わず顔をしかめた。
「さて」
アキが仕切り直して言った。たった今、式神をそれぞれの家へ帰してきたところだ。きっとこれからは、式神がそれぞれの生活をしてくれることだろう。だからまずは。
「呪鬼が発生しているという寺へ、れっつ」
『ゴー!』
式神のくだりで、少し雰囲気が和やかになった。三笠は、それに少し安心しながらも、双子の後をついて行ったのだった。
本部から連絡のあった寺院は、三笠たちの住む千葉県の南部に位置していた。海沿いにある、結構大きなお寺だ。
アキが熱心に、お寺の説明看板を読んでいる。
「崖観音で知られるこの寺は、真言宗に属する寺院。境内の山の中腹に浮かぶ朱塗りの観音堂は『崖の観音』と呼ばれており……ふむふむ」
「ふむふむ、じゃねえぞ、アキ。どこに呪鬼がいるかわかんないんだ。もう少し用心して……って、おい!ふむふむ、踏むぞ?」
「初心者の私が言えることじゃないと思うけどさ……うまいこと言ってないで、さっさと任務にかかろうよ」
あきれた口調で言ったあと、三笠は寺の建物を振り返った。崖から飛び出ているような作りのお堂。岩に掘られた仏が笑ったように見えたのは……たぶん、気のせいだ。公園にいた時の晴れ天気はどこへやら。今は、重々しい雲が、海を森を寺を、包み込んでいるのだった。
びゅうっ、と風が吹き抜ける。なんだか肌寒い。
「ねえ、ハル、アキ。なんかやっぱり変な雰囲気するよ」
三笠が心細くなって言うと、アキが答えた。
「当然だろう。呪鬼がいる周りは、自然と天気が悪くなり、空気も悪化するんだ。なんせ呪鬼は『負の感情の塊』だからな」
「それより、そろそろアイツも来るんじゃない?」
ハルが言う。
「アイツ?」
「そう。今回一緒に任務についている、千葉県担当の陰陽師の一人」
(ああ、本部からのメッセージに名前が書いてあった人だ。名前は、たしか……)
思い出そうとする三笠の目の前を、桜の花びらが一枚、落ちていった。
(こんな時期に、桜……?)
それを追うように、背後から聞こえる、凛とした女の子の声。
『和歌呪法・いにしへの』
三笠は思わず振り返る。アキとハルは、顔を見合わせる。
『結界展開・奈良の都!』
彼女の声に合わせて、あたりを桜がパアッと咲き駆ける。そしてそれは地面を、空を、覆いつくして、一つの建物空間を作り上げた。まるで、平安時代の宮中のような雅な雰囲気。
「なに、これ……きれい」
目を見張る三笠の目の前に、その声の主は現れた。
赤みがかった髪を、肩のあたりまで伸ばして、その愛らしい眼を三笠に向けてくる女の子——。
「あたし、桜咲舞花(さくらざき まいか)」
彼女は名乗った。
「あなたの名前は?」
これが、天乃三笠と、同僚陰陽師・桜咲舞花の出会いだった。
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