第九章 祓と巴と流


『祓』――それは奈良時代に、ときの都・平城京で発足した組織。そのころから呪鬼の活動が活発化しており、民間人への被害報告件数が高まった。そこで、当時の王朝が全国から祈祷師や神官を集めて作ったのが『祓』の前身となる組織だった。


アキが三笠に尋ねる。

「東大寺の大仏って知ってるだろ」

「ああ、聖武天皇が建てたっていう」

「そ。それができたのは、病や飢饉で荒んでいた世を仏教の力で立て直したい、という理由だ。しかし、その理由の一つに、『呪鬼』による被害というのも入ってるんだよな」


三笠は目を丸くした。

「へえー、知らなかった」

「まあ、当時から『呪鬼』の存在は公にはされていないからな」

アキは話を続ける。


『祓』は幾度も崩壊の危機にさらされながらも、なんとか今まで存続してきた。陰陽師の仕事は、祓の神官たちの祖先へと受け継がれ、呪鬼の話も一部の者たちによって語り継がれ、今の祓がある。


「なるほどね、めちゃくちゃ歴史があるのね、『祓』って……。なんか、すごいことしてるのね」

三笠の感想に、ハルが笑う。

「ミカサ、よくわかってねーだろ」

「うん。はるか昔過ぎて、全然頭に入ってこない」

「お前なあ……」


アキが三笠をにらみつけるが、三笠は素知らぬ顔。まあまあ、とハルがとりなし、続きを促す。

「それより、アキ。今の『祓』の話をしようよ」

「それもそうだな」


話は、奈良時代から令和の世へと移り変わる。


「『祓』の本部は、島根の出雲大社にあるという話はしたな」

「うん。した」

「よし。で、そこで年一回、全国の全陰陽師が集う『祓会』が行われる。そこで、一年の計画を立てたり、反省会をしたり、呪鬼の情報を共有したりするんだ」

「え、何それ!出雲大社に行けるってこと!?」

「そうなるが……」

「絶対に私のこと、連れっててね!」


どうやら三笠は出雲大社に興味津々のようだ。

「お前、前も聞いたが、神話オタクかよ」

「そうですが、何か?出雲大社と言えば、全国の神々が毎年10月——神無月に集まって縁結びや縁切りや今年の運勢を話し合う神聖な場所じゃないですか!そこで、『祓』の会合も行われるのね……はぁ、素敵。ちなみに私の推し神様はね、天照大御神の弟君の『月読尊』様なの。それでね、あとその下にも弟さんがいてね、『須佐之男命』っていうのだけれど……」

『はいはい、ストップ!』


ハルが三笠の両肩をポンっと叩いた。

「ミカサが神話好きなのは、よぉく分かった」

「次の『祓会』のときは、お前も行くことになるだろうから、楽しみに待ってろ」


双子は三笠を落ち着かせながら、心の中でため息をついた。

(おとなしいと見せかけておいて、自分の独壇場になると、めちゃくちゃしゃべりだすタイプかよ……)


しばらくすると、三笠の方も落ち着いてきた。

「ふう。さ、アキ、続けて」

何事もなかったかのように指図する三笠。

「お前なぁ……何様だよ」

アキの怒りを含んだ声。しかし、ここで性格が出たのか、ちゃんと次の話へと進ませた。


「で、祓にはたくさんの陰陽師がいるわけだけど、その中で階級がある。とは言っても、三階級だけだがな」

「階級……」

「そう。『巴』と呼ばれる陰陽師の最高位と、都道府県ごとのリーダー『流』、そして僕らみたいな平陰陽師だ」

「ともえ、ながれ、ひらおんみょうじ……」


アキの言葉を復唱する三笠を、ハルは優しい目つきで見る。


「別に『平陰陽師』は階級の名前じゃないけどね。会社で言う平社員的な」

「なるほど」

「『巴』というのは、全国で三人しかいないんだ。すごい戦績を持つ人だけがなれる、最強の称号だよ」

「でも、『巴』というのは、その人が引退するときまで『巴』なんだ。だから途中で陰陽師やーめたっていって、役職を放棄するわけにはいかない」


三笠は聞く。

「陰陽師の引退って、どういうこと?」

「その人が死ぬか、戦闘不能になったとき。それを以て『引退』となるんだ」


(死ぬ……?)


「え、じゃあ『巴』の人たちは、死ぬまで陰陽師しなきゃいけないってこと?」

「そう。それが陰陽師ののトップに立つということだからね。生半可な覚悟で『巴』を目指しちゃいけないってことさ」


陰陽師の世界って、厳しいのね……。


「ここまで、いいかな?ミカサ」

ハルが三笠の顔を覗き込む。

「祓という組織が昔からあること、その最高位は『巴』っていう役職だってこと、都道府県ごとに『流』を筆頭とする数人の陰陽師が配置されていること、一年に一度、本部の出雲大社で『祓会』が開催されること」

「うん、理解できたよ」

明るく言う三笠に対して。

「ほんとに、頭に入れたのか……?怪しいぞ」

アキが皮肉る。

「はい、喧嘩しなーい」

ハルは先を読んで、二人を制した。


「じゃあ、次は俺たちが使ってる術式っていうのかな……、まあ、呪鬼を倒す方法について説明を」


ハルがそこまで言った時だった。


ブー、ブー、ブー。


アキのズボンのポケットに入っていた携帯端末が、激しく鳴った。

「なに、緊急地震速報?」

三笠は、それを取り出すアキの手元を、不安そうに見つめる。


画面の文字を確認したアキの顔が曇った。

「なんなんだ?」


ハルが聞くと、アキは黙って端末を二人に向けた。


『千葉県南部の寺院で、呪鬼複数体の発生が感知された。以下の者は、明日未明までに現地へ集合し、呪鬼を滅殺せよ。

 賀茂明

 賀茂晴

 桜咲舞花


 任務遂行ののちは、必ず報告をするように。

 祓本部 関東支部』


 それは、一通の告知だった――『祓』本部からの。


 アキとハルは顔を見合わせた。

 彼らの顔は、もうクラスメイトの男子という顔ではなかった。一人前の「陰陽師」の凛々しい顔をしていた。


「早速、任務か」

「ミカサ」

ハルが三笠に声を掛ける。

「技の説明とか、しようと思ってたんだけど時間がないみたいだ。実戦を見て学ぶのでいい?」


三笠は慎重にうなずく。

「が、頑張ってみる」


アキが低い声で言った。

「そうと決まれば、すぐ出発だ。二時間後、準備をして、この公園に再度集合。いいか?」


「うん」「おう」

三笠とハルはそれぞれ返事をする。


天乃三笠の、初任務が始まろうとしていた。

 


 

 

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